2019年05月07日

いま山梨で選挙の争点とは?

今年は4年に一度の選挙イヤーだった。
私の住む山梨県甲府市では、県知事選、市長選、県議会選、市議会選と続いて、先月全て終了した。

この選挙イヤーは、最初の県知事選で大きな流れが決まったのだと思う。ただ、その流れはあくまでも政治家(候補者)側のものである。

県知事選では、2期目をねらう現職の後藤氏を、新人の長崎氏(元財務官僚・前衆議院議員・自民党二階派)が破って当選した(同時選挙だった市長選は無風のまま現職が当選)。その長崎新知事の訴えは「停滞から前進へ」というもの。
「現在の山梨県(特に経済)は停滞している緊急事態。一刻も早く政治主導・中央主導の施策(お金)で前進に転ずべき」というメッセージで信任された。これは典型的な中央集権への回帰を示すもので、より政権与党に近い立場の政治家こそが、より多くの恩恵(公共事業など)を地方に持ってくる、という前近代的な政策に私には思えた。

そして、その後に続く県議会選でも「新知事を支えたい!」という自民党議員が多数当選し、市議会選でも多くの候補が自民党系として当選した。特に県議会では、その自民党議員たちが定数の7割を占める大会派をつくって新知事を支える体制をつくった。まるで新知事を頂点にした強固な自民党ピラミッドができてしまったようだ。そしてこのピラミッドは内部に序列をもつ。いわゆる若手政治家たちは、底辺の市議会議員になることでこの序列の仲間入りを果たし、県議会議員をめざす。県議会議員になれた者は、次に首長や国会議員の順番を待つ。

このような流れは政治家側だけの都合であり、県民や市民の福祉には関係ないものだから、軒並み投票率も低かった。県政権交代というテーマがあって県知事選が58%になったものの、その後の県議選は44%、市議選は43%と過去最低だった。県民・市民の感覚からすると、無理もないと思う。上昇志向旺盛な政治家たちの立身出世物語に加担したところで、何になる? 自民党以外の候補者はいても対立軸がよくわからない。こうして高い投票率でも60%弱、つまり県民・市民の半数が参加していない政治の意味とは。

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以上がこの選挙イヤーの私の現状認識だ。
このように見てきて最も問題だと思うのは、選挙の争点がなくなってしまった、ということである。
政権与党に近いとか、新知事と親しいとか、そんなアピールばかりが聞こえてきて、自民党以外の候補者は蚊帳の外。
そしてついに、選挙の場で「地方分権」や「地域主権」という言葉が消えてしまった。

そもそも「地方分権」や「地域主権」という言葉は、2000年に地方分権一括法が施行された時から聞かれるようになった。この法律は国と地方の上下関係を解消し、地方の自主裁量を高めようとするもの。もちろんこれは行政の制度の話ではあるが、この年を境に、従来の中央の掛け声による全国一律の国づくりから、地方独自の特徴を活かした多様で主体的な地域づくりへと、自治体でも民間でも意識改革の機運が高まった。中央から公共事業を引っ張ってくるだけの利権政治にもいずれ終わりが来るかに見えた。以後今日に至るまで「まちづくり」や「まちおこし」「地域活性化」と言われる各地の活動は、それが行政主導のイベントであっても、民間主体の事業であっても、一貫してこの改革の流れの中に位置付けられると思っている。私たちが企てた「ワインツーリズム」も、地域が誇りを取り戻すための運動としてここに立脚している。

もちろん、国の借金が1000兆円を優に超え、少子高齢化もますます進む日本社会において、どんな分野においても改革が前提の時代だ。そんな時代の選挙イヤーに、ちょうど地方分権一括法が施行された2000年から20年目の2019年に、山梨県知事選では「国とのパイフ」や「公共事業による活性化」というフレーズが高らかに叫ばれたのである。

この山梨県で、最も争点にすべきは「中央依存か、地方の自立か」ではなかったか?

私以外にも、この地方のまちで地方分権を信じて活動してきた者たちは多いはずだ。ワインツーリズムだけじゃなくて、朝市だって、フットパスだって、朝会だって、マルシェだって、B級グルメだって、リノベーションだって、ヒップホップだって、映画だって、地域医療だって、6次産業だって、就農だって、起業だって、ローカルを語る活動や仕事は全て、自らが主役になる時代を信じて試行錯誤してきた。私の場合はその先に選挙に出て落選し、今はローカルビジネスの世界で studio pellet という場をつくって軌道に乗り始めている。ようやく自信がついてきた。
もちろん地方の中小企業・小規模事業者は業種を問わず、時代の流れを意識して、みんな自立をめざして会社を変革してきた。
業態それ自体を変えた会社、異業種に参入した会社、独自ブランドを立ち上げた会社、下請けを減らした会社、事業規模を絞った会社、事業グループをつくった会社などなど。
そんな現場の努力を無視して、いま頃「政府とのパイプ」とは何だ!納得いかない。この状況下、選挙に行かない自由すら理解できる。

笹本 貴之 

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posted by 笹本貴之 at 14:24| 地方政治/地方議会を考える

2019年04月01日

時空を越える文章

これまでたくさんのことに影響されてきた。
それは言葉であり、行動であり、作品だった。
そしてそれらは、明確に覚えていることもあれば、忘れてしまっていることもある。
カタチとして残っていることもあれば、カタチになっていないこともある。
「あの日、あの時、あの人の、あの言葉」として心に残っていることでも、それはカタチとして残っているわけではない。
普段は忘れていたことでも、久しぶりに観た映画から、久しぶりに開いた本から、久しぶりに眺めた絵から思い出すこともある。
もちろん、無意識のうちに影響されていた父の背中(行動)は、だんだん曲がってきて、いずれはカタチがなくなる。

私たちは、こうして有形無形の表現に接して、影響されて、学んできて、成長している。

私は小さな会社の経営者だが、経営それ自体も一つの行動として、私の表現だと思っている。
どのように立ち上げ、どのように信頼をかちとり、どのように今の場所(studio pellet)に辿り着き、そしてどう運営しているのか。また、経営はきれいごとだけでは成立しない。ただ、きれいごとがない経営は意味がない。つまり、地域社会できれいごと(事業による社会貢献)をするためには、お金を稼いで会社を継続させなければならない。経営とは、こうしたこと全てを社員や仲間や取引先やお客さんと相互理解の上で共につくりあげることであり、無形の芸術作品だと思う。

だから私は、日々考えることとその行動を、カタチとして残したい。
SNSで流されてしまう言葉ではなく、きちんと時間をかけて推敲した文章(エッセイ)を、長い短い関係なく、ちゃんと残したい。

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それは私の整理になり、深まりになり、生きた証しになり、批評の対象になる。だから覚悟になる。
そしてもしかしたら、時空を越えて、何処かの誰かに影響を与えることがあるのかもしれない。

笹本 貴之
タグ:表現
posted by 笹本貴之 at 14:17| 私の考えていること

2019年03月24日

studio pelletとは自由な場である

それは、突然の退去勧告から始まった。
それまでお借りしていた事務所兼ショールームのオーナーさんの事情で、一昨年(2017年)の春に言い渡された。建物の売却が理由だったので、一刻も早く次の場所を探して、出て行って欲しいということだった。
私は途方に暮れた。

上記オーナーさんは私たちの事業(ペレットストーブの販売・設置・メンテナンスのプロショップ。燃料となる木質ペレットも販売・流通する)のパートナーでもあったから、非常に安く便利にお借りしていた。まあ、甘えていたわけだ。この事業には事務所だけではなく、ペレットストーブの展示や燃料の保管も必要だから、それなりの広さが必須だった。慌てて不動産情報を調べてみると、そんな条件にあう物件は少なく、家賃は高かった。数十万円は下らない。会社の利益から毎月10万円以上の家賃は払えなかった。
事業存続の危機とは、まさにこのことだった。

この事業を起こして5年目にして、またしても危機的状況。半分開き直って考えたことは以下の3つ。
1. 山梨県内向けの商売をする(県内市場を信じる)。
2. 季節変動をなくす(場に縛られることを覚悟する)。
3. 場を共有する(我欲を捨てる)。

いままで志向していたこととは逆のこと、私がこれまで「小さい」「狭い」「低い」と思い込んでいたことを、この際、全面展開することにした。
現状に逆らわず、受け入れる。諦めの境地のようだが、私の価値観の転換であり、覚悟だった。
「地域で生きる覚悟」とか「地方の価値観」とか散々言いながら、実は県内市場に不信感を持ち、県外や全国に出ることを喜びとし、独占的に利益を出そうとしていた私の反省である。



もともとは、私にお金と組織がなかったから始まった話だった。
物件の少なさと家賃の高さに愕然とし、藁をもすがる思いで相談したのは「ゆたかな不動産」という若者の企業体だった。彼らは空き家率ナンバー1と言われるこの甲府で、空き家・空き店舗を活用したビジネスを展開しようと考えていた。最近よく聞かれるリノベーションという手法だ。空いた建物を自由な発想で活かし続ける。ピカピカの建物でなくても、そのために準備されたエリアでなくても、その利用と改築を自由に発想して具体的な地方の「ゆたかな」生活に結びつけてゆく。
「まさに私がその理念を体現するよ。だから助けて」と言わんばかりに、何度か彼らの事務所に相談に行ったとき、たまたま目にした二軒隣のシャッターの空き店舗が現在のstudio pelletだ。

早速調べてもらうと、しばらく前から空いていた。中を確認すると広く倉庫のような大空間。70坪。ただ、私にとっては広すぎる。そして家賃が高すぎる。これを活用できるだけのスタッフもいなければ、お金もない。
「どう? ゆたかな不動産も一緒に利用しない? テナントじゃないよ。あくまでもみんなでシェアするの」

ゆたかな不動産は住宅や建築に関わる4社から成る。そこに写真家を一人加え、当社を含めた小さな会社が6社集まった。ここから私たちの議論が始まったわけだ。定例会を開いて、この大空間をどうつくり、どうシェアして、どう本業に結びつけていくか、楽しい議論が続いた。

私からは二つのことを確認した。

まず、私がテナント業をするのではないということ。
この場を活用して各社が本業を良くするのであって、テナント料で儲けることはしない。だから、あくまでも独立した会社が場をシェアする。地方都市で小さな会社が事業を継続する上で、一番の敵は固定費、つまり家賃。小さな市場の中で固定費が高いと、その分、売上を追うことになる。「市場が大きいー家賃が高いー売上高い」なら成立するが、これは都会の理屈。私たちは、そういう経済に与したくないから地方にいる。だから、地方では小さな会社は固定費を抑えるために自宅兼事務所となる。しかし、お客さんと打ち合わせするのに、自宅には呼びずらいので、打ち合わせにはファミレスかスタバ、というつまらない話になる。これを解消しようというわけだ。この仕組みなら、6社がそれぞれ月に50,000円以下の家賃でシェアすることができる。
ただし、一つのチームではない。しかし共同体である。分業して各々の役割を果たすチームにはならない。それだと大手住宅メーカーに対抗するだけとなり、地元の中小企業とも競争するだけの存在になってしまう。それよりも、自立した各々の会社は本業を自由に発揮し、自由に大手とも地元とも仕事をする。そして、様々な方々にこの場に来てもらったり、仕事を紹介したりして、相乗効果を出す。そんな場づくりを、みんなで創造して、共有(シェア)する共同体である。

次に確認したのは、私と妻がこの場でカフェをするということ。
ストーブ屋は冬だけが忙しいわけではない。新築の住宅に設置する場合がほとんどだから、見積作成も設置工事も一年中ある。ただ、人は真夏にストーブのことは考えたくないから、春夏に店番をしていても一人もお客さんが来ないことが多い。だから春夏がシーズンの事業をして季節変動をなくす。それは県内で生産する果樹を主な原料にしたジェラート(ピーチ専科ヤマシタ)とレーズンサンド(葡萄屋kofu)のカフェだ。良い生産物は既にこの地域にあるのだから、私たちが新たにつくることはない。ただこのように多くの良い生産物は、県外に知られていても県内ではあまり知られていないことも事実だ。私たちは、地域のモノを地域の人々に提供することを旨とする。
こうしてこの場に地域のカフェを備えることで、誰でも立ち寄れ、誰でもお金を落とせる機能を持つ。シェアするみんなもここで打ち合わせや商談をすることでお金を落としてもらう。家賃以外に必要なリノベーション費用は当社が借金したわけだが、カフェの利益でその借金を返済する計画を立てた。つまり、借金もシェアするということだ。

私はこれらのこと以外にはあまり発言はせず、みんなの議論を見守りながら建築設計や全体に運営について見守った。
そして以下の内容で、緩やかな場が生まれた。

・各社の占有スペースは狭く、共有スペースを広く。
共有スペースには、交流を生む大きなテーブル(県産ヒノキ)を2つと、各社の仕事がわかるショースペースを設ける。
・カフェとレンタルスーペースを設ける。
人がワサワサ集まり、出会い、生み出す場を創出する。
・店舗サインは最低限に。
自由に選び自由につくる場のために。

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名前もみんなで決めた。studio pellet(スタジオペレット)。
もちろん私の会社の本業の名ではあるが、そもそもpelletとは、粒状とか小さなツブとか、つまりちっぽけな存在という意味。そんな私たちが、小さくても存在感出し合って、ときに大きな熱を発していこう、という場の名前である。

みんなの議論をプランナー(DEPOT)が先導し、出た案を建築家(PRIME KOFU)が図面にし、利用形態については不動産会社(Vivit Base)がオーナーさんに説得した。そして、工務店(丸正渡邊工務所)が形にし、完成を写真家(Mangrove Design)がきれいに撮ってホームページにアップした。当社(笹本環境オフィス)は信金を説得してお金を借りた。そのために税理士、司法書士、弁護士のみなさんにも力を借りた。素人の夫婦がいっぱしのカフェを始められたのも、既に一流の産物があったから。

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今日もこの大きなテーブルの一角で、私はstudio pelletの一日を眺めながら、PC出して仕事をしている。
ここの住人たちも、取引先のみなさんも、お客さんも、自由に発想してこの場を利用している。
なんだか自由を感じている。

笹本 貴之 / studio pellet

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posted by 笹本貴之 at 12:07| 私の考えていること

2019年02月13日

ときは今 ところは脚下

あれから8年が経つ。
もうこの時期になっても、出馬の意向を聞かれることはほとんどなくなった。

8年前の山梨県議選の落選後には、住宅ローンと生活費のために仕事を探した。
先輩を頼って就職することも考えたが、妻と二人で起業することにした。
もう家業に頼ることは辞めにして、ワインツーリズムからも去り、ひたすら環境商材の営業に明け暮れた。
落ちるところまで落ちたな。
そう思ったと同時に、これまでの自分は、如何に家業に依存していい気になっていたか、急落した生活レベルを目の当たりにして思い知らされた。

今では甲府市上石田のstudio pelletで、ペレットストーブ店の経営と併設するカフェおよびシェアスペースの運営をしている。
思えば2000年に帰郷して以来、私の脚下はずっと下り続ける坂道だった。ずるずると下りながら、それにどうにかしてストップかけようともがいてきた。
そして今、初めて平らな脚下で生きている気がする。

では、どうしてそんな心境になれたのか?
そもそも8年前の落選後に、落ちるところまで落ちたとうな垂れた根拠は何だったのか?
studio pelletを始めて1年と数ヶ月が過ぎ、いろんなことを反省してみた。

まず、この間の自社の売上・利益が過去最高になり、借金も順調に返済できた。
studio pelletは6社の小規模事業者がシェアしているが、どこも事業の広がりと売上とで上向いている。
これはスペースを皆でシェアすることで、私たち持たざる者たちの目下の課題である固定費(家賃)を抑え、多様な人々が出入りすることで集客の機会を増やすことで実現できたようだ。
だが、売上の満足感だけが、今の私の心境の理由ではない。あの時の落胆の根拠は、その時の私の価値観にあったのだと思う。
つまり、収入が減ってしまったことだけではなく、卑しい職業についているという世間体が、私を落胆させたのだ。
その私の価値観とは、社員が多い会社ほど上位、サービスや販売よりもモノづくり、民よりも官または政治、地方よりも中央、といった「職業の序列」だ。

そして、数値化は難しいことだが、このstudio pelletがコミュニティの場になっている。
単に事業のための集客機能だけではなく、アーティストの発表の場になったり、異文化を知る場になったり、商談の場になったり、起業の相談の場になったり、子育ての相談の場になったり、移住者の地域への入り口になったり・・・・。
私は毎日、共有スペースにある大テーブルの片隅で仕事をしているが、今日はどんな出会いがあるかな〜と毎朝楽しみだ。
こうして地方の小規模事業者の課題解決になったり、地域の人々の多様で自由な生活の場になったり、という職業こそが楽しいと思い、貴いもののように思える。
私の、というよりは世間の「職業の序列」が崩壊したこの実感が、高低のない平らな脚下で生きている安定感になっている。

8年前の出来事がなかったら、このstudio pelletは生まれなかった。
studio pelletが生まれなかったら、この価値観の変化はなかった。
まずは自分の、そして周りの人々の価値観に問いかける人生を送りたい。

笹本 貴之
posted by 笹本貴之 at 19:20| 私の考えていること

2015年02月10日

「ナガオカケンメイのD&Radio」に出演しました。

思えばワインツーリズムがいまのカタチになるずっと前、
私たちがフォーハーツカフェで2006年に始めた「ワインフェス」に、
一顧客としてご参加いただいたことがきっかけで、
ナガオカケンメイさんとはお付き合いさせてもらっています。

そのケンメイさんが甲府にD&DEPARTMENT YAMANASHIを始めたのが1年半前。
この一環として放送しているYBSラジオの「ナガオカケンメイのD&Radio」に呼んでいただきました。

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5日間にも渡って、ケンメイさんの人生のテーマ「ロングライフデザイン」を根底に、私の半生を楽しく話しました。
その内容がアーカイブされているので、どうぞお聴き下さい。






良い機会をいただきました。
ケンメイさん、ラジオ制作部の石川さん、本当にありがとうございました。

笹本貴之
posted by 笹本貴之 at 01:06| プロフィール

2014年12月12日

私が中島克仁さんを推す理由

私は現在、今月の14日が投票日の衆院選のために、中島克仁さん(山梨第一区・候補者)の選挙に深く関わっています。

今回の選挙は、現政権の是非を問うものになっているわけですが、実は私たち及び私たちの子どもたちの将来をかなり左右する課題(例えば、集団的自衛権、特定秘密保護法、原発再稼働など)を含んでいます。

以下に、なぜ私が中島克仁さんを推すのか、その理由を述べます。
どうぞ読んで、参考にして、判断してください。



これまで私には、本気で政治を託したいと思った人はいませんでした。
しかし4年前、「俺は医療・介護・福祉をやる。あとはよく分からん」という中島克仁さんと出会い、彼が2年前の衆院選で初当選して以来、ずっと行動を共にしています。

この人は在宅医療の医師です。
ずっと現場で、この医療・介護・福祉を仕事としてやってきた方です。
その毎日の仕事の中で、年々変化する医療・介護・福祉の制度(法律)が、どんどん地方の現場の実情からかけ離れていくことを実感してきました。
それは患者のためになるわけでも、患者を持つ家族のためになるわけでもなく、そうかと言って医者のためになるわけでもない。
「このままじゃ、普通にがんばって生きている人々がバカを見る社会になる!」と問題意識を持ち、この制度(法律)を変えるために、国会議員という立場を手段として選びました。

もちろん政治的な課題は、無数にあります。
しかし、それら全てに精通して、全てに関わることは不可能ではないかと思います。
「何でも知ってます。何でもやります」と訳知り顔でいても、結局何もできない政治家に、私たちは辟易しているのではないですか?

政治家を判断するとき、私はその人の過去に注目します。
言葉からは、なかなか「政治家になってからの姿」は判断できません。

中島さんは、政治家になる前から、在宅医療の現場で、この医療・介護・福祉をずっとやってきました。
そして、政治家になってからも、その専門分野を同様にやりつづけ、文字通り国会で活躍してきました。
また、その活動の幅は自ずと広がり、例えば拉致問題の特別委員会でも、そのまっすぐな姿勢を貫いています。
(722人中10人の国会議員に与えられた「三ツ星国会議員」の認定はその証です。)

こういう中島さんだから、たとえ政治家ではなくても、やることは変わらないでしょう。
この医療・介護・福祉の改革が政治の場で成し遂げられたら、当然、また北杜の医師に戻るでしょう。
「ぼくは政治家になんかなりたかったわけじゃない。できれば穏やかに地元で医者をやっていたかった。あくまでも手段として政治を選んだだけです」と言い切ります。
だからこそ、信頼できるんだと思います。そして、私もそうでありたい、と思っています。

政治と仕事と生活を別と考えない人です。

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https://katsuhito-nakajima.jp/

どうぞ、判断してください。


笹本 貴之
posted by 笹本貴之 at 01:02| 私の考えていること

2014年11月17日

私の決意文

いよいよ山梨にも選挙の季節が来るな、と思っていたら、いきなり国政から、嵐のように衆議院解散・選挙がやってきました。


私は4年前に山梨県議会銀選挙に立候補して次点だったわけですが、この機に以下の決意文を発表しました。

どうぞお時間のある時に、お読みください。


笹本 貴之




県議会議員選挙から3年間考えてきたこと。そして決断したこと。

※ダウンロードはこちらから sasamoto_report_201411_002-1_blog.pdf


拝啓 晩秋の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

大変ご無沙汰しております。笹本貴之です。私が次点に終わった20114月の山梨県議会議員選挙から、早いもので3年半以上が過ぎます。そしていよいよ、次期選挙まで半年を切りました。


30代最後の年に立候補した前回選挙は、私にとって人生前半の総括でした。ワインツーリズムその他の社会活動を通して山梨の活性化のための課題を深く考え、「山梨の自立」を理念に立候補しました。仲間と共に独自に政策集を作成し、「学びの場」を100回以上設けて、地域の資源を活用した「地域ビジネス」による活性化を訴えました。そして敗れました。

この敗北は、私にとって本当に大きな出来事でした。それは、人生前半を根本的に振り返り、後半をどのように生きるべきか、人生をやり直す覚悟でじっくり考え、結論を出す機会を否応なく得た、ということです。そして私は、来年の次期県議会議員選挙には立候補しないことにしました。みなさんに相談もせず、身勝手な決断をお許しいただきたいと思います。


私は人生前半を振り返り、一言で「依存の人生」だったと反省しています。「山梨の自立」を理念と言いながら、私が二代目社長を務めた家業(自動車鈑金塗装工場)に、当の私自身は経済的に頼り切っていたのが根本的に間違いだったという認識です。当然、その状態から脱出しようと自動車関連事業や旅行事業でいくつか起業はしたものの、いま思うと私の覚悟が足りず、途中で経済的に自立することを断念して、そのはけ口を選挙に求め、政治家になって食って行こうとしたのです。

そして選挙の敗因は、「地域に確たる本業を持っていない私には、地域の課題解決は示せなかった」ことだと思っています。いくら「自立」という理念を掲げても、有権者に対して明らかに説得力が欠けていると、選挙活動をしながら感じていました。「あんたの『自立』の意味は分かった。ワインツーリズムの話も面白い。じゃあ、うちは特産品にも関係ない町工場だけど、どうすればいいんだろう」と言われたとき、何も具体的な話ができませんでした。それは私自身に、自分の理念を仕事(ビジネス)にまで落とし込んだ経験がなかったからです。ワインツーリズムは理想的な地域活性化策で、ワイン産地としての価値を広く県民の日常に還元するための運動と位置づけていました。しかし、その話を聞く多くの有権者にとって、ワインツーリズムはボランティアや手弁当の話であり、日常性を伴わない「イベント事」だったのだと思います。有権者のほとんどは、日常の仕事にこそ課題があるのですから当然です。

結局私は、家業にも起業にも本当の意味では本気になれず、選挙のための腰掛でしかなかったようです。いまこうして振り返ってみると、政治家になることが手段ではなく、目的化していたのです。最も嫌悪していたことに、私自身が陥っていたのだと気づきます。


ただ、決して「政治を諦めた」という訳ではありません。いまの私には、「立候補する理由がない」というだけです。私は政治と日常生活とを分けて考えていません。政治=選挙とも考えていません。例えば、会社で新商品の販路拡大のために社員と役割分担を決めたり、取引先と条件を交渉したりするとき。例えば、子どもの進路を考えて、家族で取り決めをするとき。例えば、自治会で防災の細かなルールを決めるとき。つまり、何か課題があって、それに対処するために集団の意思決定をするとき、私たちは無意識に生活の中で政治を行っているのです。だから政治家だけが特別に政治をするわけではなく、どうしても「政治家(議員や首長)」という立場をとらなければ達成できない目的を持った場合だけ、人は立候補すべきだと思っています。そしてその目的、つまり理念や政策は、その人のそれまでの経験や生き方から出てくるものでしょう。いまの私には、議会や行政で成し遂げるべき目的が、心から湧き上がっては来ないのです。


選挙後に家業を辞めて金銭的にも精神的にも関わりを断ち、妻と二人で「笹本環境オフィス株式会社」を立ち上げました。もう一度、中小企業の経営をやり直すつもりで、「山梨県中小企業家同友会」にも入会しました。同友会で勉強しながら、会社の経営指針を作成して、その指針に基づいて地域に必要とされる中小企業経営をめざしています。実はこのようなことは、家業では本気に取り組んでこなかったことでした。

2年前(2012年)の2月、その同友会の全国研修会で福島県に行きました。震災後の福島の復興について、津波で流された自動車整備工場の社長の言葉が私にとって決定的でした。

「震災直後、全国からたくさんの人が来て、炊き出ししたり、物資を運んだりして、助けてくれました。しかし、これで福島が復興するわけではありません。やはり、ここで我々中小企業家が、いちどダメになった会社を建て直して、もう一度雇用を生んで、そして税金を納めることこそが、福島の復興につながるのです。われら断じて滅びず。」


私は前回の選挙でも、それ以前にも「地域の資源を活用して山梨を活性化する」とずっと言ってきました。そして特にワイン産地の魅力や山梨独自の食を活用して、本業以外に時間を費やしてボランティア活動をしてきました。しかし、上記の福島の経営者の話を聞いたり、他の中小企業の経営者と現状の自分を比較したりして、どうやら私は大きな思い違いをしてきたのでは、と考えるようになりました。

そもそも「地域資源」とは何か? そもそも「地域活性化」とは何なのか?

そして、いま思います。地域が活性化するとは、結局は「地域の一社一社の中小企業が事業を維持・発展させること」。特別ではない普通の企業でも、地域における自社の存在意義を明確に意識して(経営理念を実践して)、着実に経営している中小企業はたくさんあります。東北の例は、そうした地元の中小企業の成果でしか最終的な復興はないと語っています。つまり「地域資源」はワインや富士山のような特別なモノばかりではなく、地域の中小企業そのものだと気がつきました。


選挙後につくった「笹本環境オフィス株式会社」は、まる3年が経過して何とか黒字経営になりました。これは、私を支えてくれた方々のおかげです。これからも、何よりも私自身と会社の自立を前提に、その本業を通して見えてくる森林資源、環境、エネルギー、中央と地方の関係、大手と中小の関係、官と民の関係など、さまざまな山梨の課題を考えてゆきたいと思っています。本業を通して「山梨の自立」をめざすことにしたのです。全企業の99%以上が中小企業であるこの山梨において、地域経済を支える中小企業のモデル、つまり自ら「地域資源」になって、地方のあり方を示したいと思っています。その先に、もし議会や行政で成し遂げるべき目的が湧き上がってくるのであれば、そのときに考えたいと思います。私は長期戦を覚悟しています。

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この3年間、以上のように考え、行動してきて、上記の決断に至りました。選挙の方法論や戦術論に終始することなく、私の人生を本質的に反省し直した結果です。


最後に、これからも不定期ですが、生活をしながら、仕事をしながら、新聞を読みながら、

私の思うところを発言していこうと思っています。宜しければ、ときどきこのブログを覗いてみてください。

それでは、どうぞ今後とも宜しくお願いします。皆さまのご多幸を心よりお祈りします。

敬具


2014年11月吉日

笹本 貴之

posted by 笹本貴之 at 01:08| 私の考えていること

2014年09月23日

10年前から始まっていた山梨のワインの新時代

今年も「山梨学院ワイン講座」を企画・プロデュースしました。今月26日(金)からです。

私は「ワインツーリズムやまなし」の運営からは去りましたが、ワイン絡みでは唯一この仕事だけやらせていただいてます。

詳細は、山梨学院生涯学習センターのホームページをどうぞ。

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今年のワイン講座では、この10年を振り返ります。

題して「10年前から始まっていた山梨のワインの新時代 〜この人がいたから、今がある〜」


いまに続く「地域を変えよう」とか、「地方が主役」とか、「地域の自立」とか、そういう動きはワインに限らず、ちょうど10年くらい前にその始まりがあっ たように思います。


得々クラブも、KOFU Prideも、とりもつ隊も、つなぐNPOも、かつぬま朝市も、ワインツーリズムも、サラダボウルも、燈屋も、桜座も、スティルイチミヤも、空族の自主上映活動も・・・。あのココリの構想が発表されたのだって10年前。みんなみんな10年前から。


では、我々はそのとき、いったい何を求めていたのか?

その結果、何が変わり、何が変わらなかったのか?


いまこの山梨で、新聞でも、選挙でも、行政でも、当たり前のように「地域活性化」という言葉が使われています。

この10年を総括・評価する時期が来ているのではないでしょうか。

もう、私たちは通り一遍の活性化論にだまされてはダメだ。同じ過ちを犯してはダメなんだ。


以下、今回のワイン講座に寄せた私のメッセージです。


思い出してみてください。10年前のあなたの食卓、10年前に県外の友人を案内した山梨の名所、10年前に地元の飲食店で飲んでいたお酒…。そこに、山梨のワインはありましたか?

もちろん、この “変化” は山梨のワインのことに限りません。この間の社会全体の大きな変化の中の一部に過ぎません。しかし “変化” は、ある日突然訪れるものでもありません。そこには必ず “人の意思” があります。
この10年で、私たちはいったい何を変えようとしたのか。そして何が変わり、何が変わらなかったのか。毎回違った視点から、この10年を総括・評価して、次なる10年、次なる新時代につなげたいと思います。


笹本貴之

posted by 笹本貴之 at 01:58| 「学びの場」の告知

2014年04月14日

そもそもなぜ山梨県民はワインを大切にすべきなのか?

甲州市塩山のキスヴィンワイナリーが初めてワインを出荷しました。

このワイナリーは、「おいしいワインが飲みたい・つくりたい」と願うぶどう栽培家の池川仁さんや荻原康弘さん(同ワイナリー社長)らが中心になってつくった「チーム・キスヴィン」が母体です。

チーム・キスヴィンはこれまで、醸造用ぶどう栽培の研究や実践や指導を継続して来ました。
そして、彼らがワイナリーに提供したぶどうからたくさんの上質なワインが生まれたり(シャトー酒折のキュベイケガワやキスヴィン甲州などが有名)、ワイナリーの若手栽培醸造家の多くが彼らの指導を受けてきたりしました。

生食用ぶどう農家がメインの山梨県では、多くの場合、ワイナリーの側からぶどう農家に対し、醸造用ぶどうの品質をお願いをしてきました。
しかしチーム・キスヴィンは、ぶどう農家の側からワイナリーに対し、醸造用に上質なぶどうを提供してワインの品質をお願いしてきたわけです。
私がこのチーム・キスヴィンの池川さんと荻原さんと出会ったのは、2006年から実施してきた「ワインフェス」の会場(甲府のフォーハーツカフェ)でした。お二人とも欠かさずこのイベントには参加してくれて、池川さんが「ぶどう畑でワインをつくる」という発想を語ってくれたのを覚えています。ちょうど私たちが「ワインツーリズム山梨」という団体を立ち上げた頃でした。

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私は地方の課題は「自立」だと思っています。
これまで地方は、行政もメディアも民間企業も、中央や大手を言われるものの「下請け」である時間が長く、すでに立ち行かなくなっている実態があるにも関わらず、いまだにその依存から脱することができていないのではないか。
地方が自らにプライドもって、そこにあるモノ、産業、人、文化、知恵、発想をもちよって、自ら「新しい価値」を発信してくべきでは。
これが「自立」の意味であり、私の問題意識です。

当然、多くの人がこのことには気づいています。
各県が推進している様々な分野の「ブランド化」は、この「自立」への方向だと理解しています。
様々な組織や団体が実施する地域活性化事業も、めざしているのはこの方向です。

ただ、現実的には、その試みが一時的なもので終わってしまいます。
私たちはそんな例を腐るほど見てきました。
では、なぜ一時的なもので終わるのか?
それは、お金が継続的に回らないからです。一時的には行政の補助金で運営できても、カネの切れ目が縁の切れ目。補助金をもらっているうちに、その後の自立的運営の準備ができないから、継続できないのです。残念ながら、掲げていた「新しい価値」まで降ろしてしまいます。

上記、チーム・キスヴィンおよびキスヴィンワイナリーの試みも、まさにこの地域活性化事業の一つです。

地元にぶどうの育つ風土とつくり手がいる。
そのぶどうからおいしいワインをつくるワイナリーがある。
そのワインを売る酒屋や提供する飲食店がある。
これらがおいしく、山梨の風土や景観、地域文化として魅力的であれば、全国から、世界から人が集まる。
そうすると地域の宿泊施設や旅行業者や、その魅力を発信する広告業者にまで効果は広がる。
発想は無限に広がり、新しいお土産品を開発する事業も出てくる。

これはまだまだ小さい分野での実践に過ぎませんが、実際に山梨県内で具体的に展開されていることです。
大都市では絶対にまねのできないことで、大量生産大量消費という従来の価値観からは得られない新しい「ローカル価値」が生まれています(つまり、大量生産大量消費の流れに乗ろうとすると、元も子もなくなる)。
他の地方には、なかなか具現化できていない事例です。

地域にお金と新たな価値観の流れを生むこのワイン産業は、「地方の自立」を具体的に示す一つの典型であり理想形だと、私は常に思っています。
ワイン産業は、他の分野や他の地域の地域活性化策のための絶好の見本になっているのです。

これが私の考える、「山梨県民が山梨のワインを大切にすべき理由」です。

笹本貴之
posted by 笹本貴之 at 01:27| 私の考えていること

2014年04月07日

大豪雪の後に思うこと(「災害を今後のために活かす」とは?)

2014年2月14日・15日の大豪雪以来、特に山梨県内の果樹のハウス栽培の被害への対応が課題になっています。

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これは4月5日の山梨日日新聞の一面記事ですが、山梨県などの支援策が紹介されました。
記事から引用します。
壊滅的な被害を受けたブドウに関しては既存の露地栽培ブドウをハウスで覆えば、来季から高値で取引される早期の出荷が見込めるという。従来の支援策ではハウス栽培は樹木の植え替え後に利益を得るまで5年程度かかるが、露地栽培からハウス栽培への転換を促すことで、被災農家の営農継続を後押しする。
ブドウ栽培用のハウスは、今回の大雪で8割程度が倒壊や損壊の被害を受けて、今シーズンの利益はありません。
それを補って、どうにか農業を継続してもらおう、という行政の意図です。
で、恐らく行政はこのような支援の方向で行くのでしょう。

確かに、短期的な対処という意味ではよく理解できます。
ただ、ここで大切なことは、このような対処だけで終わって本当にいいのか? ということです。
今回の大豪雪で見えてきた課題はこれだけではないはず。このような災害があったからこそ、一度、山梨県内の農業の方向性を長期的に見直すべきではないのか? と私は農業の素人ながらに思うのです。

やっぱり、ブドウ栽培にとって、「ハウスの露地化」ではなく、「露地のハウス化」は長期的にみて時代に逆行しているような気がしています。

今回のことで、思い当たる論点を私なり出してみました。

・ブドウ農家さんが高齢化している。
 ⇒ どうしたら安定的な収益を見込めるのか?

・ワインの消費は増えても、ワイン醸造用ブドウの生産量は落ちている。
 ⇒ どうしたら手間をかけず大量生産できる醸造用ブドウ(醸造用ブドウは露地栽培)の生産を増やせるのか?

・ブドウの景観を維持するのが難しい。
 ⇒ やはりハウスより露地栽培の方が景観にはよい。

・今後も考えられる異常気象でハウスはリスクがある。
 ⇒ 今回の大雪で、露地栽培ではほとんど被害はなかった。

・加温ハウスで大量に使う重油の価格は上がり続けている(災害時にはすぐに足りなくなる)。
 ⇒ 今後も重油に依存するビジネスモデルは持続可能なのか? 環境やブドウの付加価値という意味でもどうか?

・高く売れるという早期出荷の市場の将来性に疑問あり。
 ⇒ それよりも「地産地消」や「旬」という価値観にこそ、ローカル(地方)の活路があるのではないか?

私は、都合のよい論点ばかり並び立てているのでしょうか。
私は農業が専門ではなく、限られた知識の中で考えたに過ぎませんが、それでもこの山梨県というローカルのことを長期的に考えてみると、「露地のハウス化」という対処に疑問を持ちます。

――――――

私がここで申し上げたいのは、単に「ハウスの露地化」と「露地のハウス化」の賛否ではありません。
今回の未曾有の大豪雪による被害を受けて、私たちがいままで触れなかったり、タブーにしていたり、とりあえず先送りにしていたりしてきた課題のいくつかを根底から考え直してみるよい機会だということを言いたいのです。
その意味で、上記の記事にある県の支援策は、「果樹王国・山梨」をどうしたいのか? どのように生き残っていくのか? どんな価値観を発信していきたいのか? という根本的な課題を長期的に考えているようには思えません。場当たり的な対処にすら思えてしまいます。

ブドウ栽培に限らず、気象庁の警報発令のルール、県や各自治体の災害対策、各地域の消防・自治会・PTAなどの役割などなど、たくさんの準備不足とたくさんの存在価値が見えてきたわけです。
「災害を今後のために活かす」とは、その一つ一つの意義と限界を検証することだと思います。

笹本貴之
posted by 笹本貴之 at 18:30| 私の考えていること

2014年03月23日

私は子どもたちに、私の成長を見せることが出来ているのだろうか?

私が2年間PTA会長を務めた小学校の卒業式がありました。

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卒業式でも、お祝いのことばを述べました。
12年の月日を経て、心も体も成長した子どもたちを目の前に、やはり思ったのは自分のことでした。

「私はあなたの成長を見ながら、大人として、親として、はずかしくない自分になろうと努力してきました。だから、あなたの成長にありがとうと言いたい。そして今日、私は聞いてみたいのです。あなたは私に、あなたの成長を見せてくれました。では、「私はあなたに、『私の成長』を見せることができたのでしょうか?」


最後に、この2年間たくさんの方々のご協力があって続けられた「PTA本部だより」も発行しました。
私も少しは成長して、大人として、親として、地域人として、職業人として、はずかしくない自分に少しは近づけたかもしれない、と思いました。

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PTA本部だよりVol.5_笹本_1.pdf

―――以下、全文掲載します―――

<「考えるPTA」をめざした2年間でした>

いやあ〜よく降りました!2月14日と15日の豪雪です。私にとって今年度の象徴的な出来事でした。
15日の朝、私は一面真っ白な光景を見て、しばし悩み、戸惑っていました。「こういうときは、まず家の周りからだな。やばい。お隣さんもう雪かき始めている。」正直、事の重大さには気づかず、世間体のようなことを気にして、まずは家の入口の確保のために雪かきを始め、隣近所の方々とも協力して表通りまで車の道をつくりました。そうこうするうちに、今回の雪が史上最大級の豪雪であること、交通がマヒして県全域が陸の孤島化してしまったことを知りました。

「なるほど、これは非常事態なんだな。よし、とりあえず家族の出入り口は確保した・・・。あれ?次は何すればいいんだっけ?」額の汗を拭きながら思っていると、妻が「ほら、こっちもやってやろうよ」と言って指差す方向を見ると、裏手の老夫婦の家の周りが手つかずでした。スコップをもう一度担いでそちらに進み、次に近くの商店街へ、表の交差点へ、三女が通う幼稚園へ・・・という具合に15日と16日が終わりました。「よし俺の役割は果たした!今日はビール飲んで早く寝よう!」・・・といきたいところでした。いいえ、2年前までの私なら確実にそうでした。しかし、どうもモヤモヤ気持ち悪かったんです。
「何か忘れている。そうだ!役割がもう一つあったんだ。」そう思ってもう一度スコップを担ぎ、向かった先は千塚小学校の校門でした。「やっぱり・・・。」学校周辺も先生方の駐車場も手つかずの美しい雪景色でした。「これじゃあ学校は始められない。」その場で副会長の塩谷さんに下の写真をメールして、次の日(17日)の雪かきを本部役員中心に呼びかけました。また、18日にもマモルメールを利用して、子どもたちの通学路の確保を呼びかけました。先生方はもちろん、たくさんの保護者のみなさんにご協力いただいたおかげで、甲府市内で千塚小だけは21日から通常の登校ができました。感謝しています。
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私にとってこの豪雪は、「大人として、地域人として、PTAとして、職業人として、自らの役割は何か?」を考える強烈な機会でした。普段は「まずは大人が自ら・・・!」なんて偉そうなこと言いながら、今回のように、いざ災害にあったときの自分の焦りと躊躇に自己嫌悪の連続でした。それでも気を取り直して「そもそもPTAとは?」と考え、やっとの想いで起こした行動だったことを、自白します。これは、私にとって大きな学びであり、いま思うと楽しい日々でした。みなさんは如何でしたでしょうか?

今年度は、この「そもそも・・・」や「PTAとは?」を考える機会が2回ありました。メール事件による運動会の延期、そしてウィルス感染によるもちつき大会の中止です。もちろん何もなくスムーズに実施できるのがいちばんですが、そういかないときこそ、人は深く「考える」ことができるのだと思います。私は昨年から「学校において保護者はお客さんじゃあない」と発言してきましたが、まさに運動会ではそのことが実感できたのではないでしょうか。何よりも保護者の協力体制が大切でした。また、もちつき大会中止の議論は、「そもそももちつき大会は何のため?」「子どもに何を伝えたい?」など、私たち大人が最近やっていなかった「胸に手を当てて考える」機会だったなあ、と思っています。

保護者のみなさん、先生方、2年間お付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。楽しかったです。ピース!
以上

こういうことを考えられる自分になったことが、この2年間の成果だと、少し自負しています。

笹本貴之/甲府市立千塚小学校24年度・25年度PTA会長
posted by 笹本貴之 at 20:50| 私の考えていること

2014年03月16日

上野千鶴子さん講演会中止について

山梨日日新聞の2014年3月14日の記事です。
山梨市の主催で予定していた社会学者・上野千鶴子さんの講演会を、新市長が市民からの講義を理由に中止にした件です。

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全文はこちら 20140314sannichi_syakai.pdf

私はこの件について、この新聞記事と他のメディアによる一連の情報以外は知りません。
また、上野千鶴子さんの書籍は読んだことがありませんし、個人的に支持・不支持の感情は一切ありません。

ただ、言論の自由や民主主義という観点から、今回の山梨市長および山梨市の行動には、大きな疑問を抱いています。

市が上野さんに講演依頼したのは昨年10月、つまり前市長のとき。その後、市長選があって今年の2月に新市長が誕生し、その新市長が、「公費で催す講演会の講師にふさわしくない」とする約10件の抗議を理由に、中止したわけです。

おそらく、当の新市長にとっては、素直な反応をしたまでなのだと思います。
前市長が決めていた講演を、自分の名前で主催する。もしかしたら、講演者である上野さんとは思想信条が合わないのかもしれません。もしかしたら、この講演に抗議した人の中には、自分の支援者がいるのかもしれません。
政治家というものが、自分の思想信条を訴え、支援者を募って選挙に当選する必要がある以上、今回の市長の判断と行動は、分からないでもありません。また、市長の支援者の中に上野さん講演に反対する人がいるとしたら、今回の市長の判断と行動を期待したでしょう。

ただ、そこを思い止まらなければならないのも、政治家だと私は思います。
政治家は、為政者である以前に、良き「民主主義者」でなければならない。
ときとして自分の主張よりも、言論の自由、思想信条の自由を大切にするのが、政治家でありリーダーではないでしょうか?

今回のことで考えたのは、政治家にとって本当に大切なことは何なのか?ということ。
自分のメンツなのか? 支援者なのか?
いや大切なメンツだからこそ、大切な支援者だからこそ、正しいことを伝えるべきではないのか?
そう思うのです。

笹本貴之
posted by 笹本貴之 at 12:24| 私の考えていること

2013年11月09日

ワインツーリズムの評価と課題

「ワインツーリズムやまなし」は、「2013年度グッドデザイン」で「地域づくりデザイン賞」を受賞しました。
この賞は4年越しの受賞でしょうか。主にデザインやプランという観点から、地域づくりに資する取り組みとして評価され、このデザインとプランを担当する合同会社セツゲツカ(代表:大木貴之)が脚光を浴びました。

私たちが挑戦しているこの「ワインツーリズムやまなし」という活動は、実は非常に分かりづらい仕組みでできています。分かりやすさ、というものが評価されるこの現代社会において、あえてその逆を志向しています。

それはなぜか?
私たちが良くしたい、誇りを持てるものにしたい、と思っている「地域」とは、そもそも分かりづらいものだからです。

では、どんな仕組みなのか?
私たちは2011年に活動の目的を定めました(私は既に運営から退いているので、現在でも有効かどうかは分かりませんが、「ワインツーリズムやまなし」少なくとも基礎を築いた時期の一つの指標でした)。
≪新しい旅のスタイルを提案する≫
ぶどうとワインに限らず、その産地にある独自のもの(風土・歴史・文化・生活)を全身で味わう旅のスタイルを広め、定着させる。

≪住民が「地域資源」を活用する≫
産地そのものの魅力は地域住民の財産(地域資源)であることを自覚し、それを自ら活用してより価値の高い地域をつくる。
一つ目の目的だけだったら、分かりやすかったでしょう。これはいまではたくさんの地域で実践されています。地域を舞台に開催されるイベント事の多くは、このことをめざしています。この場合、そのイベント事は出店数や参加者数によって評価されます。地域の商工会議所・商工会や商店会、その他団体が関わる場合が多いので、その強力な動員によって、出店は割り当てられ、当日が晴れてさえいれば参加者もすぐに万単位に膨れ上がります。

問題は二つ目の目的です。これがあるから「ワインツーリズムやまなし」のめざすところが分かりづらく、その仕組みや主体が分かりづらいのです。活動に参加するにも、当日何かで出店するにも、この「ワインツーリズムやまなし」の主旨というものの理解を求められてしまいます。参加者にも同様に「これは飲み放題のイベントではありません。ガイドブックとバスを活用しながらワインのある地域を散策し、その魅力を五感で楽しむ大人の遠足です。お気に入りのワインはご購入下さい」というように但し書きがやたらに多く、主旨に対する理解を求めるわけですから、どんなに晴れても数千人です。そのかわり、嵐でもその数は変わりません。
こんな具合ですから、どのようにして第三者が「ワインツーリズムやまなし」を評価したらよいのか、難しいのです。

しかし、2004年からひそかに始まっていた「ワインツーリズムやまなし」の動機は、非常に分かりやすいものでした。
それは、「山梨で誇りを持って生きたい!」ということでした。東京のまね事でも行政の下請けでもなく、山梨に既にあるもの(地域資源)の良さをまずは自分が知って、それを最大限に活用して、地域住民のチカラでこの山梨を何とかする!という想いでした。
そしてその「既にある良いもの」としてワインに目をつけ、ワインをワイナリーだけのもの、勝沼だけのもの、一部のワイン愛好家だけのものにしておくのではなく、地域住民みんなで共有して、利用して、一人一人の住民にとっても地域全体にとっても「より豊かな明日」を勝ち取ろうとして「ワインツーリズムやまなし」の活動に結び付いたのです(もちろん、これまで山梨のワインを価値あるモノにしていただいたワイナリーやぶどう農家、また行政その他の方々の並々ならぬご努力には最大限に敬意を表しています)。

※この経緯について、以下の資料が詳しいので、ご興味のある方はどうぞ。
 日経ビジネスオンライン「ワインから考える体験型ツーリズムは地方を救うか?」
 『サンドタウン 〜地域の自立〜』(徹熊書房)

従って、「ワインツーリズムやまなし」は、その理念から言って、だれか一人が主役ということを否定しています。
そもそも、「ワイン産地」という地域資源を地域住民が共有して、一人一人がそれぞれの専門分野、つまり「自分の事業」を展開できることをめざしたのが「ワインツーリズムやまなし」なのです。
その共有者は多彩で、どんどん増えて行きます。ワイナリーだけではなく、ぶどう農家、酒屋、飲食店、書店、味噌屋、パン屋、交通機関、旅行会社、広告代理店、印刷業、デザイナー、イラストレーター、プランナー、不動産、お寺、行政、農協、マスコミ、その他この仕組みを活用できると思う人は1次産業から3次産業まで。
当然、利害も考え方も社会的立場も、さまざまな人々が関わるわけですから、複雑です。面倒です。分かりづらいのです。でもこれが地域というものです。狭い範囲で、限られた資源を使って、利害関係が複雑で、立場も経済的階層もさまざまで、でもいつも近くで生活しているのが地域というやつです。「ワインツーリズムやまなし」は、ここに手を突っ込んでいるんだから、まあ大変です。

話を最初に戻すと、「ワインツーリズムやまなし」が始まってそろそろ10年経つときに、上記の共有者のごく一部、つまり「デザイン」と「プラン」の分野で「グッドデザイン賞」という評価をいただいたわけです。

ただし、これはたまたまこの分野において「グッドデザイン賞」という既存の評価機関があったからに過ぎません。
そんな分野は稀です。他の共有者の分野には、同じような評価機関はありません。

では、他の「ワインツーリズムやまなし」の共有者は、どのように評価されるのか?

これは市場が評価する、ということしかないと思うのです。つまり、ワイン産地を共有して活用することで、どれだけ自分の事業の価値が高まり、金銭的なプラスにつなけることができたか、ということに尽きるのだと思います。
そして私は、これが「ワインツーリズムやまなし」の最大の課題だと思っています。何よりもこの活動を運営する3社が、ビジネスとして自立することが大切であり、私はそのために運営主体から去りました(※詳しくは、「なぜワインツーリズムの運営から去ったのか?」に書きました)。

そして今年の「ワインツーリズムやまなし2013」では、私は11月9日の勝沼会場で、ペレットストーブ屋さんとして出店します。

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森林資源を原料にするペレットストーブの販売事業者として、ワイン産地を共有・活用して、私の事業の価値観を伝えるつもりです。

笹本貴之/笹本環境オフィス株式会社 代表取締役
posted by 笹本貴之 at 01:13| ワインツーリズム

2013年10月31日

私たちに子どもたちの笑顔が守れるか?

10月の運動会の季節に、甲府市に一通の犯行予告メールが届きました。
「児童生徒を無差別に殺害する」、「市内の小中学校に爆弾を仕掛けた」といった内容でした。

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この一通のメールによって、教育委員会も各小中学校も、完全に振り回されてしまいました。
私がPTA会長を務める小学校も例外ではなく、予定していた運動会を無条件で一週間延期し、先生方は毎日厳戒態勢をしきました。

このような事態になり、いろんなことを考えてしまいます。

一体どこのどいつが、こんなメールを出したんだ!
学校もこんなメール一通で右往左往しなければならず、大変だ!
でも、本当の危険が迫っていたら、どうしよう。
私たち大人は、一体何ができるのか? そもそも私たちに子どものことが守れるのか?

今月発行したPTA本部だよりでは、この一連の騒動の中で考えたことを、書かせていただきました。

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(※ PDFダウンロードはこちらを H25_chizukaPTA_honbu_03.pdf )

―――――――――――――――――
以下、全文掲載します。

みなさん、運動会では本当にお疲れ様でした。本当に大変な目にあいました。結果的に言えば、あんな「犯行予告メール」によって先生方も保護者も大いに振り回されたわけです。非常に腹立たしいことです。

そんな中で、運動会を前にして、私は「PTAとして何ができるか?」と真剣に考えました。
私が今回、第一に考えたことは、やはり少しでも先生方の助けになりたい、ということでした。例えそれがメール一本であっても、先生方は子どもたちの安全のために、最善を尽くすため忙殺されます。その精神的、肉体的な苦痛たるや、考えるだけで気の毒になりました。
第二に、保護者にもこれ以上残念な思いはさせたくない、ということでした。運動会が延期となり、どうしても日程調整がつかず運動会で子どもの姿が見られない、という保護者はたくさんいました。家族が来られない、と聞いて何人の子どもが泣いたことか。

そこでPTAでは学校側の希望するところを聞き、子どもたちの安全確保のために学校への出入り口を限定して、入場者全員の受付をPTAで実施することにしました。それにより、先生方は子どもたちの指導に専念できるわけです。ただ、この受付を保護者が一日やるとなると、子どもたちの姿が見られません。自分の子どもに限らずです。そこで警備会社に警備料を払って、プロの警備員さんを配置して受付を担当してもらうことにしました。保護者が受付をするのは、朝の開会式前に限定しました。運動会前日にPTA運営委員会に承認していただきましたが、お金というものはこういうときにこそ使うものだと私は思っています。どうぞご理解ください。



今回のことで、私は改めて「安全」ということの大切さ考えました。学校はもちろん教育の場ですが、その大前提がこの「安全」なんだなあ、とつくづく思いました。私たち保護者は、その大前提があるからこそ、毎日子どもたちを学校に送り出し、日中は仕事ができているわけですね。

小学校で子どもたちの笑顔が見られなくなったら、この地域は終わりですよ!そう思いませんか?

だから私は前向きに考えることにしました。今回の経験を、今後の千塚地区の安全を考えるために活かしましょう。残念ながら、今回のことに限らず、やっぱり地域に危険はあります。いままでのように完全にフルオープンの運動会はそもそも無理なのかもしれません。これからの千塚小学校での行事はおろか日常についても、何らかの安全対策を講じなければならないでしょう。こういうときこそ、我々大人の出番です!他人事ではないですよ。

これまで運動会になると、「駐車違反をやめましょう」とか、「お酒やタバコは禁止です」とか、言ってきました。でも、そんなこと当たり前です。そんなレベルじゃなくて、もう少し意識を持って、我々大人が子どもたちのため、地域の未来のために、知恵と体を使って、ときにはお金も使って、この学校の安全を守るんです。子どもたちの笑顔を守るのです。

笹本貴之/甲府市立千塚小学校PTA会長
posted by 笹本貴之 at 19:06| 私の考えていること

2013年07月27日

たくさんある恒例行事。その目的は?

子どもたちは、すでに夏休みですね。
その前に、小学校のPTA活動で、どうしても伝えたいことがあって、1学期の最終日に「PTA本部だより」を発行しました。

夏休みが明けてすぐ、小学校ではPTA主催の恒例行事の一つ、愛好奉仕作業があります。
私は1年前から、この運営の仕方に疑問を持っていました。

「毎年の恒例行事だけど、そもそも何が目的なの?」ということです。

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PTAで行事の後に反省会をすると、結構いろんな意見が出ます。具体的に不便だったこと、改善すべきことなど、前向きな話が尽きません。
しかし、注意して聞いてみると、出てくる意見は、作業手順、作業効率、安全性の確保などのことで、これらは全て愛好奉仕作業のための技術的なこと、つまり「手段」の話ばかりでした。

「そもそも何のための愛好奉仕作業か?」ということを議論して初めて、具体的な作業効率だとか、必要な人数だとか、みんなの納得いく形で決まってくるのではないでしょうか。

昨年度の愛好奉仕作業の後の反省会で、みなさんの意見が一通り出尽くしたころに、私は発言しました。

「ではみなさん。この愛好奉仕作業は何のためにやるのですか? 徹底的にきれいにすることですか? それとも親子で学校をきれいにするという体験ですか? それによっていまみなさんが議論していることの答えが180度変わってきますよね。もし『きれいにするため』だったら、子どもの出入りは完全に禁止して効率的に作業する。もし『親子の体験のため』だったら、是非子どもたちにも来てもらって安全面だけは考慮する。つまり、何のため?という目的が最も大事なことで、それを決めないことには、何時間話しても、結局何も決まらないのです。」

そして今年度はの愛好奉仕作業のための準備会議では、まさに昨年度の議論の続きからやり、その結果、「目的」を「子どもと共に学校をきれいにする」ことに定め、それに基づいて全校への「おしらせ」の内容を考えたり、作業当日の細かな作業場所や作業手順を決めました。

まさに今年度のスローガン「まず、私たち大人が学び、楽しみましょう!」を実践しているつもりですが、どうでしょう。

何だか堅苦しいでしょうか? もし周りに関係する方がいたら、感想を聞いてみてください。多少の不安はありますが、私は楽しい「大人の学びの場」だと思っていますが(笑)。

またこのことは、もちろん、PTA活動に限りません。
中心市街地でも、郊外でも、自治会でも、業界でも、どこにもある「恒例行事」では、全く同じことが当てはまらないでしょうか。
だから私は、小さなところから、小さなことにこだわって、発言と行動を繰り返しているのです。

笹本貴之/甲府市立千塚小学校PTA会長
posted by 笹本貴之 at 14:42| 私の考えていること