2014年11月17日

私の決意文

いよいよ山梨にも選挙の季節が来るな、と思っていたら、いきなり国政から、嵐のように衆議院解散・選挙がやってきました。


私は4年前に山梨県議会銀選挙に立候補して次点だったわけですが、この機に以下の決意文を発表しました。

どうぞお時間のある時に、お読みください。


笹本 貴之




県議会議員選挙から3年間考えてきたこと。そして決断したこと。

※ダウンロードはこちらから sasamoto_report_201411_002-1_blog.pdf


拝啓 晩秋の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

大変ご無沙汰しております。笹本貴之です。私が次点に終わった20114月の山梨県議会議員選挙から、早いもので3年半以上が過ぎます。そしていよいよ、次期選挙まで半年を切りました。


30代最後の年に立候補した前回選挙は、私にとって人生前半の総括でした。ワインツーリズムその他の社会活動を通して山梨の活性化のための課題を深く考え、「山梨の自立」を理念に立候補しました。仲間と共に独自に政策集を作成し、「学びの場」を100回以上設けて、地域の資源を活用した「地域ビジネス」による活性化を訴えました。そして敗れました。

この敗北は、私にとって本当に大きな出来事でした。それは、人生前半を根本的に振り返り、後半をどのように生きるべきか、人生をやり直す覚悟でじっくり考え、結論を出す機会を否応なく得た、ということです。そして私は、来年の次期県議会議員選挙には立候補しないことにしました。みなさんに相談もせず、身勝手な決断をお許しいただきたいと思います。


私は人生前半を振り返り、一言で「依存の人生」だったと反省しています。「山梨の自立」を理念と言いながら、私が二代目社長を務めた家業(自動車鈑金塗装工場)に、当の私自身は経済的に頼り切っていたのが根本的に間違いだったという認識です。当然、その状態から脱出しようと自動車関連事業や旅行事業でいくつか起業はしたものの、いま思うと私の覚悟が足りず、途中で経済的に自立することを断念して、そのはけ口を選挙に求め、政治家になって食って行こうとしたのです。

そして選挙の敗因は、「地域に確たる本業を持っていない私には、地域の課題解決は示せなかった」ことだと思っています。いくら「自立」という理念を掲げても、有権者に対して明らかに説得力が欠けていると、選挙活動をしながら感じていました。「あんたの『自立』の意味は分かった。ワインツーリズムの話も面白い。じゃあ、うちは特産品にも関係ない町工場だけど、どうすればいいんだろう」と言われたとき、何も具体的な話ができませんでした。それは私自身に、自分の理念を仕事(ビジネス)にまで落とし込んだ経験がなかったからです。ワインツーリズムは理想的な地域活性化策で、ワイン産地としての価値を広く県民の日常に還元するための運動と位置づけていました。しかし、その話を聞く多くの有権者にとって、ワインツーリズムはボランティアや手弁当の話であり、日常性を伴わない「イベント事」だったのだと思います。有権者のほとんどは、日常の仕事にこそ課題があるのですから当然です。

結局私は、家業にも起業にも本当の意味では本気になれず、選挙のための腰掛でしかなかったようです。いまこうして振り返ってみると、政治家になることが手段ではなく、目的化していたのです。最も嫌悪していたことに、私自身が陥っていたのだと気づきます。


ただ、決して「政治を諦めた」という訳ではありません。いまの私には、「立候補する理由がない」というだけです。私は政治と日常生活とを分けて考えていません。政治=選挙とも考えていません。例えば、会社で新商品の販路拡大のために社員と役割分担を決めたり、取引先と条件を交渉したりするとき。例えば、子どもの進路を考えて、家族で取り決めをするとき。例えば、自治会で防災の細かなルールを決めるとき。つまり、何か課題があって、それに対処するために集団の意思決定をするとき、私たちは無意識に生活の中で政治を行っているのです。だから政治家だけが特別に政治をするわけではなく、どうしても「政治家(議員や首長)」という立場をとらなければ達成できない目的を持った場合だけ、人は立候補すべきだと思っています。そしてその目的、つまり理念や政策は、その人のそれまでの経験や生き方から出てくるものでしょう。いまの私には、議会や行政で成し遂げるべき目的が、心から湧き上がっては来ないのです。


選挙後に家業を辞めて金銭的にも精神的にも関わりを断ち、妻と二人で「笹本環境オフィス株式会社」を立ち上げました。もう一度、中小企業の経営をやり直すつもりで、「山梨県中小企業家同友会」にも入会しました。同友会で勉強しながら、会社の経営指針を作成して、その指針に基づいて地域に必要とされる中小企業経営をめざしています。実はこのようなことは、家業では本気に取り組んでこなかったことでした。

2年前(2012年)の2月、その同友会の全国研修会で福島県に行きました。震災後の福島の復興について、津波で流された自動車整備工場の社長の言葉が私にとって決定的でした。

「震災直後、全国からたくさんの人が来て、炊き出ししたり、物資を運んだりして、助けてくれました。しかし、これで福島が復興するわけではありません。やはり、ここで我々中小企業家が、いちどダメになった会社を建て直して、もう一度雇用を生んで、そして税金を納めることこそが、福島の復興につながるのです。われら断じて滅びず。」


私は前回の選挙でも、それ以前にも「地域の資源を活用して山梨を活性化する」とずっと言ってきました。そして特にワイン産地の魅力や山梨独自の食を活用して、本業以外に時間を費やしてボランティア活動をしてきました。しかし、上記の福島の経営者の話を聞いたり、他の中小企業の経営者と現状の自分を比較したりして、どうやら私は大きな思い違いをしてきたのでは、と考えるようになりました。

そもそも「地域資源」とは何か? そもそも「地域活性化」とは何なのか?

そして、いま思います。地域が活性化するとは、結局は「地域の一社一社の中小企業が事業を維持・発展させること」。特別ではない普通の企業でも、地域における自社の存在意義を明確に意識して(経営理念を実践して)、着実に経営している中小企業はたくさんあります。東北の例は、そうした地元の中小企業の成果でしか最終的な復興はないと語っています。つまり「地域資源」はワインや富士山のような特別なモノばかりではなく、地域の中小企業そのものだと気がつきました。


選挙後につくった「笹本環境オフィス株式会社」は、まる3年が経過して何とか黒字経営になりました。これは、私を支えてくれた方々のおかげです。これからも、何よりも私自身と会社の自立を前提に、その本業を通して見えてくる森林資源、環境、エネルギー、中央と地方の関係、大手と中小の関係、官と民の関係など、さまざまな山梨の課題を考えてゆきたいと思っています。本業を通して「山梨の自立」をめざすことにしたのです。全企業の99%以上が中小企業であるこの山梨において、地域経済を支える中小企業のモデル、つまり自ら「地域資源」になって、地方のあり方を示したいと思っています。その先に、もし議会や行政で成し遂げるべき目的が湧き上がってくるのであれば、そのときに考えたいと思います。私は長期戦を覚悟しています。

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この3年間、以上のように考え、行動してきて、上記の決断に至りました。選挙の方法論や戦術論に終始することなく、私の人生を本質的に反省し直した結果です。


最後に、これからも不定期ですが、生活をしながら、仕事をしながら、新聞を読みながら、

私の思うところを発言していこうと思っています。宜しければ、ときどきこのブログを覗いてみてください。

それでは、どうぞ今後とも宜しくお願いします。皆さまのご多幸を心よりお祈りします。

敬具


2014年11月吉日

笹本 貴之

posted by 笹本貴之 at 01:08| 私の考えていること