2019年02月13日

ときは今 ところは脚下

あれから8年が経つ。
もうこの時期になっても、出馬の意向を聞かれることはほとんどなくなった。

8年前の山梨県議選の落選後には、住宅ローンと生活費のために仕事を探した。
先輩を頼って就職することも考えたが、妻と二人で起業することにした。
もう家業に頼ることは辞めにして、ワインツーリズムからも去り、ひたすら環境商材の営業に明け暮れた。
落ちるところまで落ちたな。
そう思ったと同時に、これまでの自分は、如何に家業に依存していい気になっていたか、急落した生活レベルを目の当たりにして思い知らされた。

今では甲府市上石田のstudio pelletで、ペレットストーブ店の経営と併設するカフェおよびシェアスペースの運営をしている。
思えば2000年に帰郷して以来、私の脚下はずっと下り続ける坂道だった。ずるずると下りながら、それにどうにかしてストップかけようともがいてきた。
そして今、初めて平らな脚下で生きている気がする。

では、どうしてそんな心境になれたのか?
そもそも8年前の落選後に、落ちるところまで落ちたとうな垂れた根拠は何だったのか?
studio pelletを始めて1年と数ヶ月が過ぎ、いろんなことを反省してみた。

まず、この間の自社の売上・利益が過去最高になり、借金も順調に返済できた。
studio pelletは6社の小規模事業者がシェアしているが、どこも事業の広がりと売上とで上向いている。
これはスペースを皆でシェアすることで、私たち持たざる者たちの目下の課題である固定費(家賃)を抑え、多様な人々が出入りすることで集客の機会を増やすことで実現できたようだ。
だが、売上の満足感だけが、今の私の心境の理由ではない。あの時の落胆の根拠は、その時の私の価値観にあったのだと思う。
つまり、収入が減ってしまったことだけではなく、卑しい職業についているという世間体が、私を落胆させたのだ。
その私の価値観とは、社員が多い会社ほど上位、サービスや販売よりもモノづくり、民よりも官または政治、地方よりも中央、といった「職業の序列」だ。

そして、数値化は難しいことだが、このstudio pelletがコミュニティの場になっている。
単に事業のための集客機能だけではなく、アーティストの発表の場になったり、異文化を知る場になったり、商談の場になったり、起業の相談の場になったり、子育ての相談の場になったり、移住者の地域への入り口になったり・・・・。
私は毎日、共有スペースにある大テーブルの片隅で仕事をしているが、今日はどんな出会いがあるかな〜と毎朝楽しみだ。
こうして地方の小規模事業者の課題解決になったり、地域の人々の多様で自由な生活の場になったり、という職業こそが楽しいと思い、貴いもののように思える。
私の、というよりは世間の「職業の序列」が崩壊したこの実感が、高低のない平らな脚下で生きている安定感になっている。

8年前の出来事がなかったら、このstudio pelletは生まれなかった。
studio pelletが生まれなかったら、この価値観の変化はなかった。
まずは自分の、そして周りの人々の価値観に問いかける人生を送りたい。

笹本 貴之
posted by 笹本貴之 at 19:20| 私の考えていること