2019年03月24日

studio pelletとは自由な場である

それは、突然の退去勧告から始まった。
それまでお借りしていた事務所兼ショールームのオーナーさんの事情で、一昨年(2017年)の春に言い渡された。建物の売却が理由だったので、一刻も早く次の場所を探して、出て行って欲しいということだった。
私は途方に暮れた。

上記オーナーさんは私たちの事業(ペレットストーブの販売・設置・メンテナンスのプロショップ。燃料となる木質ペレットも販売・流通する)のパートナーでもあったから、非常に安く便利にお借りしていた。まあ、甘えていたわけだ。この事業には事務所だけではなく、ペレットストーブの展示や燃料の保管も必要だから、それなりの広さが必須だった。慌てて不動産情報を調べてみると、そんな条件にあう物件は少なく、家賃は高かった。数十万円は下らない。会社の利益から毎月10万円以上の家賃は払えなかった。
事業存続の危機とは、まさにこのことだった。

この事業を起こして5年目にして、またしても危機的状況。半分開き直って考えたことは以下の3つ。
1. 山梨県内向けの商売をする(県内市場を信じる)。
2. 季節変動をなくす(場に縛られることを覚悟する)。
3. 場を共有する(我欲を捨てる)。

いままで志向していたこととは逆のこと、私がこれまで「小さい」「狭い」「低い」と思い込んでいたことを、この際、全面展開することにした。
現状に逆らわず、受け入れる。諦めの境地のようだが、私の価値観の転換であり、覚悟だった。
「地域で生きる覚悟」とか「地方の価値観」とか散々言いながら、実は県内市場に不信感を持ち、県外や全国に出ることを喜びとし、独占的に利益を出そうとしていた私の反省である。



もともとは、私にお金と組織がなかったから始まった話だった。
物件の少なさと家賃の高さに愕然とし、藁をもすがる思いで相談したのは「ゆたかな不動産」という若者の企業体だった。彼らは空き家率ナンバー1と言われるこの甲府で、空き家・空き店舗を活用したビジネスを展開しようと考えていた。最近よく聞かれるリノベーションという手法だ。空いた建物を自由な発想で活かし続ける。ピカピカの建物でなくても、そのために準備されたエリアでなくても、その利用と改築を自由に発想して具体的な地方の「ゆたかな」生活に結びつけてゆく。
「まさに私がその理念を体現するよ。だから助けて」と言わんばかりに、何度か彼らの事務所に相談に行ったとき、たまたま目にした二軒隣のシャッターの空き店舗が現在のstudio pelletだ。

早速調べてもらうと、しばらく前から空いていた。中を確認すると広く倉庫のような大空間。70坪。ただ、私にとっては広すぎる。そして家賃が高すぎる。これを活用できるだけのスタッフもいなければ、お金もない。
「どう? ゆたかな不動産も一緒に利用しない? テナントじゃないよ。あくまでもみんなでシェアするの」

ゆたかな不動産は住宅や建築に関わる4社から成る。そこに写真家を一人加え、当社を含めた小さな会社が6社集まった。ここから私たちの議論が始まったわけだ。定例会を開いて、この大空間をどうつくり、どうシェアして、どう本業に結びつけていくか、楽しい議論が続いた。

私からは二つのことを確認した。

まず、私がテナント業をするのではないということ。
この場を活用して各社が本業を良くするのであって、テナント料で儲けることはしない。だから、あくまでも独立した会社が場をシェアする。地方都市で小さな会社が事業を継続する上で、一番の敵は固定費、つまり家賃。小さな市場の中で固定費が高いと、その分、売上を追うことになる。「市場が大きいー家賃が高いー売上高い」なら成立するが、これは都会の理屈。私たちは、そういう経済に与したくないから地方にいる。だから、地方では小さな会社は固定費を抑えるために自宅兼事務所となる。しかし、お客さんと打ち合わせするのに、自宅には呼びずらいので、打ち合わせにはファミレスかスタバ、というつまらない話になる。これを解消しようというわけだ。この仕組みなら、6社がそれぞれ月に50,000円以下の家賃でシェアすることができる。
ただし、一つのチームではない。しかし共同体である。分業して各々の役割を果たすチームにはならない。それだと大手住宅メーカーに対抗するだけとなり、地元の中小企業とも競争するだけの存在になってしまう。それよりも、自立した各々の会社は本業を自由に発揮し、自由に大手とも地元とも仕事をする。そして、様々な方々にこの場に来てもらったり、仕事を紹介したりして、相乗効果を出す。そんな場づくりを、みんなで創造して、共有(シェア)する共同体である。

次に確認したのは、私と妻がこの場でカフェをするということ。
ストーブ屋は冬だけが忙しいわけではない。新築の住宅に設置する場合がほとんどだから、見積作成も設置工事も一年中ある。ただ、人は真夏にストーブのことは考えたくないから、春夏に店番をしていても一人もお客さんが来ないことが多い。だから春夏がシーズンの事業をして季節変動をなくす。それは県内で生産する果樹を主な原料にしたジェラート(ピーチ専科ヤマシタ)とレーズンサンド(葡萄屋kofu)のカフェだ。良い生産物は既にこの地域にあるのだから、私たちが新たにつくることはない。ただこのように多くの良い生産物は、県外に知られていても県内ではあまり知られていないことも事実だ。私たちは、地域のモノを地域の人々に提供することを旨とする。
こうしてこの場に地域のカフェを備えることで、誰でも立ち寄れ、誰でもお金を落とせる機能を持つ。シェアするみんなもここで打ち合わせや商談をすることでお金を落としてもらう。家賃以外に必要なリノベーション費用は当社が借金したわけだが、カフェの利益でその借金を返済する計画を立てた。つまり、借金もシェアするということだ。

私はこれらのこと以外にはあまり発言はせず、みんなの議論を見守りながら建築設計や全体に運営について見守った。
そして以下の内容で、緩やかな場が生まれた。

・各社の占有スペースは狭く、共有スペースを広く。
共有スペースには、交流を生む大きなテーブル(県産ヒノキ)を2つと、各社の仕事がわかるショースペースを設ける。
・カフェとレンタルスーペースを設ける。
人がワサワサ集まり、出会い、生み出す場を創出する。
・店舗サインは最低限に。
自由に選び自由につくる場のために。

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名前もみんなで決めた。studio pellet(スタジオペレット)。
もちろん私の会社の本業の名ではあるが、そもそもpelletとは、粒状とか小さなツブとか、つまりちっぽけな存在という意味。そんな私たちが、小さくても存在感出し合って、ときに大きな熱を発していこう、という場の名前である。

みんなの議論をプランナー(DEPOT)が先導し、出た案を建築家(PRIME KOFU)が図面にし、利用形態については不動産会社(Vivit Base)がオーナーさんに説得した。そして、工務店(丸正渡邊工務所)が形にし、完成を写真家(Mangrove Design)がきれいに撮ってホームページにアップした。当社(笹本環境オフィス)は信金を説得してお金を借りた。そのために税理士、司法書士、弁護士のみなさんにも力を借りた。素人の夫婦がいっぱしのカフェを始められたのも、既に一流の産物があったから。

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今日もこの大きなテーブルの一角で、私はstudio pelletの一日を眺めながら、PC出して仕事をしている。
ここの住人たちも、取引先のみなさんも、お客さんも、自由に発想してこの場を利用している。
なんだか自由を感じている。

笹本 貴之 / studio pellet

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posted by 笹本貴之 at 12:07| 私の考えていること