2013年05月11日

本当に片側2車線が必要なのか?

少し前になりますが、山梨日日新聞の地域面に、このような記事が出ました。

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甲府市の都市計画道路の見直しがあり、廃止案の出ている区間の住民を対象に甲府市が説明会を開くという記事です。
まあ、このような都市計画の見直しは、現実的、当たり前の対応だと思います。
これが私たち住民の実感でしょう。

そりゃあ、多少の渋滞はありますよ。道は広くなれば便利にはなります。
でも人口が減って、周りじゅう空き家が増えているこのご時世、
道ばっか広くしてどうすんの? と気になってしまいます。

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最近、お隣の長野県の松本市に仕事でよく出かけます。
そうすると、私の住む山梨県甲府市との決定的な違いに気がつきます。
さあ、なんでしょうか?

下の写真は、松本市のメイン通り国道19号線です。

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そして次が、甲府市の県道アルプス通りです(まあメインは国道20号線としましょうか)。

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さあ、何か気がつきませんか?
両市ともロードサイドにチェーン店やファミレスなど、いわゆる大手が多いのは共通してますが、決定的な違いがあります。


それは、車線の数です。

松本市はメインの国道であるにも関わらず、片側1車線です。
もちろん松本市には国道20号線もありますが、片側1車線です。
つまり、市内には片側2車線の公道がほとんどありません。

それに比べて、甲府市はどうでしょう。

国道20号線は当たり前ですが、アルプス通りの他にも駅前から延びる平和通、山の手通り、名前は分かりませんが、新しくできた県立中央病院の北側の道など、挙げだしたらきりがありません。

私は過去にロードサイドに出店したことがあるので、よく分かっていますが、実は片側2車線のロードサイドでは仕事がしづらい面があります。つまり交差点以外は、基本的には右折ができないので、道に面して右側から来る、または右側方面に住む人々しか、お客さまにできないのです。向かい側の道を通る車は、当社に入ることができず、向かい側の道沿いにある同業他社に行ってしまうのです。
昔は賑わっていた街並みも、道が広くなると廃れていってしまう、という現象を私たちは幾度となく見てきましたよね?

いままで、よく松本市の人から甲府市は羨まれました。甲府は道が広くて羨ましいと。
山梨県内では郡内の方々からも、同じようなことをよく言われた覚えがあります。

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既に国土交通省は2050年には日本の人口は9,500万人になると公表しています。
山梨県は現在の85万人から60万人へ、甲府市は現在の19.5万人から13.5万人へ、減少すると言われています。

この数字を前に、私たちは何を考えるべきなのか。

二つあります。
「いいや! 減らしたらダメだ! あくまでも100万都市をめざすのだ!」
または、
「これが現実だ。いまから50万都市のために備えよう!」

私の今の考えは、やはり後者です。
表面上はかっこよく希望を唱えながら、なし崩し的に、場当たり的に、都市計画の見直しをするくらいなら、
意識的に、自覚的に、いまから着々と50万都市を見据えて準備をし、「それでも生き残る地方都市」をめざして、無駄を省いてスリム化したり、社会の価値の転換を図ったりすべきだと思っています(それでも少子高齢化対策は地道にやりつつ)。
そんな地方都市の先進例になり、その結果として、70万とか60万の都市に留まったのなら、よけいに余裕が出ていいじゃないですか。

松本市が来るべき時代を予期して片側2車線にしなかったのかどうかは、私には分かりません(まあそんなことはないでしょう)。
しかし、確実にこれからの時代には、甲府市の街並みよりも有利だと思います。

山梨県は、2050年にはエネルギーの自給率100%という環境戦略を打ち出しています。
この戦略だって、人口減による「自然解決」を目論んでいるに違いありません。
その証拠に、上記戦略をとっくに出していたにも関わらず、他県に先駆けた取り組みがいまだに出ていません。
まあ、焦らなくてもそのうちに・・・ということでしょう。

私たち地方に住む人間は、これから地方で生き残るために、もうこの「なし崩し」と「場当たり的」を早くやめなければ、いま生きている地域がなくなってしまう、というシナリオを歩むことになるのだと、本気で自覚すべきなのでしょう。

私はいまの森林資源の活用ビジネスを通して、地方のあるべき姿をを学んでいます。

笹本貴之
posted by 笹本貴之 at 12:00| 仕事を通して考えたこと

2013年04月27日

会社の経営理念

ペレットストーブ販売・設置事業を本業とし、2年が経ちました。
この2年間は、私の選挙後の2年間でもありました。

生活の立て直し、新事業の立ち上げ、学習のやり直し、30歳代の総括、政治というものの捉え直し、40歳からの人生をやり直すための2年間でした。

そして先日、ようやく我が社「笹本環境オフィス株式会社」のホームページをつくることができました。

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これまでとは違い、自分でWeb制作のソフトを買ってきて、私の考え方を全面的に反映させてつくりました。

なぜ、最近になってつくることができたのか。
それは、それなりにこの2年間に考えてきたことや経験してきたことによって、私の方針が形になってきたからだと思います。

私は会社の経営理念をつくりました。
私の原点である中小企業の経営者をもう一度やり直すため、2年前に山梨県中小企業家同友会に所属し、今年1月に経営理念の成文化のための合宿に参加してつくりました。

当社の経営理念は次の通りです。
私たちは、森林資源から“生活の暖”をいただき、
その喜びと価値をお客さまと共有し、
地域の豊かな未来をつくります。
この理念の上に、今度は「経営方針」と具体的な「経営計画」、「実行計画」と積み上げて、理念経営をするわけです。
(この理念経営を各地の中小企業に広めようとするのが、中小企業家同友会の運動です。)

これまでボヤっとしたイメージだった会社の方向性が、こうして「経営理念」として言葉になることで、初めてホームページがつくれたのだと思います。

山梨県内では、中小企業が全体の企業数の99%以上を占めます。
であれならば、この中小企業の一社一社がレベルアップし、しっかりと雇用を増やし、しっかりと売上を上げて税金を納めることこそが、本当の地域活性化になるのだと思います。
我が社もそんな中小企業の一社になりたいと願い、そのための環境整備こそが山梨の課題だと思うようになりました。

笹本貴之 / 笹本環境オフィス株式会社 代表取締役

posted by 笹本貴之 at 21:06| 仕事を通して考えたこと

2013年04月16日

森林資源から“生活の暖”をいただく

エネルギーは、電力だけではありません。

先日の(20130410)の山梨日日新聞の記事です。

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山梨県に「エネルギー局」ができ、2050年までに山梨の電力需要を県内で全てまかなうエネルギーの「地産地消」実現のための工程表を決めたと報じました。


しかし、エネルギー=電力ではないですよ。
エネルギーには適材適所があります。
電力が向いている機械と、そうでない機械がある。
発電に向いている燃料と、そうでない燃料がある。

確かに、私たちの生活は、この電力によって飛躍的に便利になり、効率が上がりました。
例えば、このパソコンや携帯は電力じゃないとだめですね。

私たちはここ30〜40年ぐらいで、この電力の便利と効率を知ってしまったわけです。

だから、なんでもかんでも電力で動かす生活、
つまり燃料の補給もなく、火災の危険性もなく、スイッチポン!でなんでも便利な生活を、私たちは限りなく志向してきました。

その結果が、原発を生み育て、私たちの原発依存社会に行きついたのではないでしょうか。
私は、この「なんでも電力で便利に」という意識が変わらない限り、根本的には何も変わらないと思っています。
いくら水力を見直したって、いくら太陽光を取り入れたって、いくら森林資源を活用したって、それらの転換先のエネルギーがやっぱり「電力」だったら、またいずれ、人類は原発を求めるのだと、私は思うのです。


電力以外のエネルギー、例えば「熱」エネルギーだってある。
熱エネルギーを必要とする暖房や給湯には、電力では効率が悪い。
それなら、森林資源(薪やペレット)や太陽光から「生活の暖」(熱エネルギー)をいただこう。

つまり、電力が向いていない機械を、電力以外で動かすことで、電力需要自体を抑えることだってできる。

そのために私は、森林資源から熱エネルギーをいただくペレットストーブを売っています。

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そしてこの度、事業を始めて2年経ち、ようやく独自のホームページが作成できました。
Web制作のソフトを買って、何回かの徹夜を乗り越えて、自分でつくりました。
まだまだ作成途中のページもありますが、どうぞご覧ください。

テーマは「森林資源から“生活の暖”をいただく」。
これでささやかながら、地方の自立の道を歩みます。

http://office-sasamoto.net/

笹本貴之/笹本環境オフィス株式会社 代表取締役
posted by 笹本貴之 at 18:04| 仕事を通して考えたこと

2012年12月10日

グローバルのはかなさ

中央高速道路の笹子トンネル天井板崩落事故で、犠牲になった方々には、心よりご冥福をお祈りします。

いままでに何百回と通過してきた、この中央道の笹子トンネルです。
甲府盆地と首都圏の大市場を結ぶ、本当に大切な穴。
この穴を通過できなくなって、下道となる国道20号線は大渋滞。
この年末年始、物流や宿泊やレジャーなどの観光に影響し、山梨の経済に大きな打撃となりそうです。

こうなると、この穴がなかった大昔、甲府盆地は陸の孤島だったんだろうなあ、と容易に想像がつきます。
トンネルがいくつもできて、そこを国鉄の中央本線が通って、劇的に山梨は変わったんだろうなあ。
例えば、ぶどうやワインだって、この穴を通じて、大市場へ持って行ったり、また大市場からそれらを求める人々が大挙しておしかけたり。
それから今度は中央高速道路。ちょうど私が小学生の頃に開通しました。
このときも、人・モノ・カネの行き来がより一層盛んになり、我々団塊ジュニア世代は、その恩恵で豊かな生活の中で成長しました。
(恐らくリニア開通推進者は、このパターンを念頭にバブル再来を期待しているのでしょう。)

こうして我々山梨県民は、グローバル経済の中にどんどん進むことになりました。それが経済発展と同意でした。
外部との交流がどんどん盛んになり、県内の小さな市場よりも、首都圏の大きな市場にモノを売るようになり、大企業もたくさん進出して来て、それに伴ってたくさんの雇用や下請け会社が生まれました。

ところが、こうしてみると、はかないものです。
たった一つの穴です。
たった一つの中央道笹子トンネルが崩れただけで、山梨全体の経済がおろおろしています。
東日本大震災の時もそうでした。たった数基の原発が止まっただけで、大変な騒ぎになりました。
いまもし、インターネットが一週間でも止まったらどうでしょう。想像するのも怖いです。

これはどの地方も同じなのではないでしょうか。
グローバルという名のもとに、我々地方の人々は、誇り高き「自立」を捨てて、都市や大企業や原発への「依存」をすすめてきました。

この「グローバルのはかなさ」を実感しだした私たちは、いままさに「地方の自立」を真剣に考え直す時期に来ているのだと思います。

しかし大昔の「自立」、つまり自給自足には戻れません。戻ろうとも思いません。
あくまでも発展的に、これからの「新しい自立」を考えたい、というのが私の立場です。
むしろ、その自立とは中央や外部への「上手な依存」でもあると捉えています。

私は現在、地域の森林資源の活用というビジネスを通して、地域のエネルギーや経済の自立を学んでいます。

笹本貴之/笹本環境オフィス株式会社
posted by 笹本貴之 at 14:11| 仕事を通して考えたこと