2019年04月01日

時空を越える文章

これまでたくさんのことに影響されてきた。
それは言葉であり、行動であり、作品だった。
そしてそれらは、明確に覚えていることもあれば、忘れてしまっていることもある。
カタチとして残っていることもあれば、カタチになっていないこともある。
「あの日、あの時、あの人の、あの言葉」として心に残っていることでも、それはカタチとして残っているわけではない。
普段は忘れていたことでも、久しぶりに観た映画から、久しぶりに開いた本から、久しぶりに眺めた絵から思い出すこともある。
もちろん、無意識のうちに影響されていた父の背中(行動)は、だんだん曲がってきて、いずれはカタチがなくなる。

私たちは、こうして有形無形の表現に接して、影響されて、学んできて、成長している。

私は小さな会社の経営者だが、経営それ自体も一つの行動として、私の表現だと思っている。
どのように立ち上げ、どのように信頼をかちとり、どのように今の場所(studio pellet)に辿り着き、そしてどう運営しているのか。また、経営はきれいごとだけでは成立しない。ただ、きれいごとがない経営は意味がない。つまり、地域社会できれいごと(事業による社会貢献)をするためには、お金を稼いで会社を継続させなければならない。経営とは、こうしたこと全てを社員や仲間や取引先やお客さんと相互理解の上で共につくりあげることであり、無形の芸術作品だと思う。

だから私は、日々考えることとその行動を、カタチとして残したい。
SNSで流されてしまう言葉ではなく、きちんと時間をかけて推敲した文章(エッセイ)を、長い短い関係なく、ちゃんと残したい。

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それは私の整理になり、深まりになり、生きた証しになり、批評の対象になる。だから覚悟になる。
そしてもしかしたら、時空を越えて、何処かの誰かに影響を与えることがあるのかもしれない。

笹本 貴之
タグ:表現
posted by 笹本貴之 at 14:17| 私の考えていること

2019年03月24日

studio pelletとは自由な場である

それは、突然の退去勧告から始まった。
それまでお借りしていた事務所兼ショールームのオーナーさんの事情で、一昨年(2017年)の春に言い渡された。建物の売却が理由だったので、一刻も早く次の場所を探して、出て行って欲しいということだった。
私は途方に暮れた。

上記オーナーさんは私たちの事業(ペレットストーブの販売・設置・メンテナンスのプロショップ。燃料となる木質ペレットも販売・流通する)のパートナーでもあったから、非常に安く便利にお借りしていた。まあ、甘えていたわけだ。この事業には事務所だけではなく、ペレットストーブの展示や燃料の保管も必要だから、それなりの広さが必須だった。慌てて不動産情報を調べてみると、そんな条件にあう物件は少なく、家賃は高かった。数十万円は下らない。会社の利益から毎月10万円以上の家賃は払えなかった。
事業存続の危機とは、まさにこのことだった。

この事業を起こして5年目にして、またしても危機的状況。半分開き直って考えたことは以下の3つ。
1. 山梨県内向けの商売をする(県内市場を信じる)。
2. 季節変動をなくす(場に縛られることを覚悟する)。
3. 場を共有する(我欲を捨てる)。

いままで志向していたこととは逆のこと、私がこれまで「小さい」「狭い」「低い」と思い込んでいたことを、この際、全面展開することにした。
現状に逆らわず、受け入れる。諦めの境地のようだが、私の価値観の転換であり、覚悟だった。
「地域で生きる覚悟」とか「地方の価値観」とか散々言いながら、実は県内市場に不信感を持ち、県外や全国に出ることを喜びとし、独占的に利益を出そうとしていた私の反省である。



もともとは、私にお金と組織がなかったから始まった話だった。
物件の少なさと家賃の高さに愕然とし、藁をもすがる思いで相談したのは「ゆたかな不動産」という若者の企業体だった。彼らは空き家率ナンバー1と言われるこの甲府で、空き家・空き店舗を活用したビジネスを展開しようと考えていた。最近よく聞かれるリノベーションという手法だ。空いた建物を自由な発想で活かし続ける。ピカピカの建物でなくても、そのために準備されたエリアでなくても、その利用と改築を自由に発想して具体的な地方の「ゆたかな」生活に結びつけてゆく。
「まさに私がその理念を体現するよ。だから助けて」と言わんばかりに、何度か彼らの事務所に相談に行ったとき、たまたま目にした二軒隣のシャッターの空き店舗が現在のstudio pelletだ。

早速調べてもらうと、しばらく前から空いていた。中を確認すると広く倉庫のような大空間。70坪。ただ、私にとっては広すぎる。そして家賃が高すぎる。これを活用できるだけのスタッフもいなければ、お金もない。
「どう? ゆたかな不動産も一緒に利用しない? テナントじゃないよ。あくまでもみんなでシェアするの」

ゆたかな不動産は住宅や建築に関わる4社から成る。そこに写真家を一人加え、当社を含めた小さな会社が6社集まった。ここから私たちの議論が始まったわけだ。定例会を開いて、この大空間をどうつくり、どうシェアして、どう本業に結びつけていくか、楽しい議論が続いた。

私からは二つのことを確認した。

まず、私がテナント業をするのではないということ。
この場を活用して各社が本業を良くするのであって、テナント料で儲けることはしない。だから、あくまでも独立した会社が場をシェアする。地方都市で小さな会社が事業を継続する上で、一番の敵は固定費、つまり家賃。小さな市場の中で固定費が高いと、その分、売上を追うことになる。「市場が大きいー家賃が高いー売上高い」なら成立するが、これは都会の理屈。私たちは、そういう経済に与したくないから地方にいる。だから、地方では小さな会社は固定費を抑えるために自宅兼事務所となる。しかし、お客さんと打ち合わせするのに、自宅には呼びずらいので、打ち合わせにはファミレスかスタバ、というつまらない話になる。これを解消しようというわけだ。この仕組みなら、6社がそれぞれ月に50,000円以下の家賃でシェアすることができる。
ただし、一つのチームではない。しかし共同体である。分業して各々の役割を果たすチームにはならない。それだと大手住宅メーカーに対抗するだけとなり、地元の中小企業とも競争するだけの存在になってしまう。それよりも、自立した各々の会社は本業を自由に発揮し、自由に大手とも地元とも仕事をする。そして、様々な方々にこの場に来てもらったり、仕事を紹介したりして、相乗効果を出す。そんな場づくりを、みんなで創造して、共有(シェア)する共同体である。

次に確認したのは、私と妻がこの場でカフェをするということ。
ストーブ屋は冬だけが忙しいわけではない。新築の住宅に設置する場合がほとんどだから、見積作成も設置工事も一年中ある。ただ、人は真夏にストーブのことは考えたくないから、春夏に店番をしていても一人もお客さんが来ないことが多い。だから春夏がシーズンの事業をして季節変動をなくす。それは県内で生産する果樹を主な原料にしたジェラート(ピーチ専科ヤマシタ)とレーズンサンド(葡萄屋kofu)のカフェだ。良い生産物は既にこの地域にあるのだから、私たちが新たにつくることはない。ただこのように多くの良い生産物は、県外に知られていても県内ではあまり知られていないことも事実だ。私たちは、地域のモノを地域の人々に提供することを旨とする。
こうしてこの場に地域のカフェを備えることで、誰でも立ち寄れ、誰でもお金を落とせる機能を持つ。シェアするみんなもここで打ち合わせや商談をすることでお金を落としてもらう。家賃以外に必要なリノベーション費用は当社が借金したわけだが、カフェの利益でその借金を返済する計画を立てた。つまり、借金もシェアするということだ。

私はこれらのこと以外にはあまり発言はせず、みんなの議論を見守りながら建築設計や全体に運営について見守った。
そして以下の内容で、緩やかな場が生まれた。

・各社の占有スペースは狭く、共有スペースを広く。
共有スペースには、交流を生む大きなテーブル(県産ヒノキ)を2つと、各社の仕事がわかるショースペースを設ける。
・カフェとレンタルスーペースを設ける。
人がワサワサ集まり、出会い、生み出す場を創出する。
・店舗サインは最低限に。
自由に選び自由につくる場のために。

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名前もみんなで決めた。studio pellet(スタジオペレット)。
もちろん私の会社の本業の名ではあるが、そもそもpelletとは、粒状とか小さなツブとか、つまりちっぽけな存在という意味。そんな私たちが、小さくても存在感出し合って、ときに大きな熱を発していこう、という場の名前である。

みんなの議論をプランナー(DEPOT)が先導し、出た案を建築家(PRIME KOFU)が図面にし、利用形態については不動産会社(Vivit Base)がオーナーさんに説得した。そして、工務店(丸正渡邊工務所)が形にし、完成を写真家(Mangrove Design)がきれいに撮ってホームページにアップした。当社(笹本環境オフィス)は信金を説得してお金を借りた。そのために税理士、司法書士、弁護士のみなさんにも力を借りた。素人の夫婦がいっぱしのカフェを始められたのも、既に一流の産物があったから。

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今日もこの大きなテーブルの一角で、私はstudio pelletの一日を眺めながら、PC出して仕事をしている。
ここの住人たちも、取引先のみなさんも、お客さんも、自由に発想してこの場を利用している。
なんだか自由を感じている。

笹本 貴之 / studio pellet

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posted by 笹本貴之 at 12:07| 私の考えていること

2019年02月13日

ときは今 ところは脚下

あれから8年が経つ。
もうこの時期になっても、出馬の意向を聞かれることはほとんどなくなった。

8年前の山梨県議選の落選後には、住宅ローンと生活費のために仕事を探した。
先輩を頼って就職することも考えたが、妻と二人で起業することにした。
もう家業に頼ることは辞めにして、ワインツーリズムからも去り、ひたすら環境商材の営業に明け暮れた。
落ちるところまで落ちたな。
そう思ったと同時に、これまでの自分は、如何に家業に依存していい気になっていたか、急落した生活レベルを目の当たりにして思い知らされた。

今では甲府市上石田のstudio pelletで、ペレットストーブ店の経営と併設するカフェおよびシェアスペースの運営をしている。
思えば2000年に帰郷して以来、私の脚下はずっと下り続ける坂道だった。ずるずると下りながら、それにどうにかしてストップかけようともがいてきた。
そして今、初めて平らな脚下で生きている気がする。

では、どうしてそんな心境になれたのか?
そもそも8年前の落選後に、落ちるところまで落ちたとうな垂れた根拠は何だったのか?
studio pelletを始めて1年と数ヶ月が過ぎ、いろんなことを反省してみた。

まず、この間の自社の売上・利益が過去最高になり、借金も順調に返済できた。
studio pelletは6社の小規模事業者がシェアしているが、どこも事業の広がりと売上とで上向いている。
これはスペースを皆でシェアすることで、私たち持たざる者たちの目下の課題である固定費(家賃)を抑え、多様な人々が出入りすることで集客の機会を増やすことで実現できたようだ。
だが、売上の満足感だけが、今の私の心境の理由ではない。あの時の落胆の根拠は、その時の私の価値観にあったのだと思う。
つまり、収入が減ってしまったことだけではなく、卑しい職業についているという世間体が、私を落胆させたのだ。
その私の価値観とは、社員が多い会社ほど上位、サービスや販売よりもモノづくり、民よりも官または政治、地方よりも中央、といった「職業の序列」だ。

そして、数値化は難しいことだが、このstudio pelletがコミュニティの場になっている。
単に事業のための集客機能だけではなく、アーティストの発表の場になったり、異文化を知る場になったり、商談の場になったり、起業の相談の場になったり、子育ての相談の場になったり、移住者の地域への入り口になったり・・・・。
私は毎日、共有スペースにある大テーブルの片隅で仕事をしているが、今日はどんな出会いがあるかな〜と毎朝楽しみだ。
こうして地方の小規模事業者の課題解決になったり、地域の人々の多様で自由な生活の場になったり、という職業こそが楽しいと思い、貴いもののように思える。
私の、というよりは世間の「職業の序列」が崩壊したこの実感が、高低のない平らな脚下で生きている安定感になっている。

8年前の出来事がなかったら、このstudio pelletは生まれなかった。
studio pelletが生まれなかったら、この価値観の変化はなかった。
まずは自分の、そして周りの人々の価値観に問いかける人生を送りたい。

笹本 貴之
posted by 笹本貴之 at 19:20| 私の考えていること

2014年12月12日

私が中島克仁さんを推す理由

私は現在、今月の14日が投票日の衆院選のために、中島克仁さん(山梨第一区・候補者)の選挙に深く関わっています。

今回の選挙は、現政権の是非を問うものになっているわけですが、実は私たち及び私たちの子どもたちの将来をかなり左右する課題(例えば、集団的自衛権、特定秘密保護法、原発再稼働など)を含んでいます。

以下に、なぜ私が中島克仁さんを推すのか、その理由を述べます。
どうぞ読んで、参考にして、判断してください。



これまで私には、本気で政治を託したいと思った人はいませんでした。
しかし4年前、「俺は医療・介護・福祉をやる。あとはよく分からん」という中島克仁さんと出会い、彼が2年前の衆院選で初当選して以来、ずっと行動を共にしています。

この人は在宅医療の医師です。
ずっと現場で、この医療・介護・福祉を仕事としてやってきた方です。
その毎日の仕事の中で、年々変化する医療・介護・福祉の制度(法律)が、どんどん地方の現場の実情からかけ離れていくことを実感してきました。
それは患者のためになるわけでも、患者を持つ家族のためになるわけでもなく、そうかと言って医者のためになるわけでもない。
「このままじゃ、普通にがんばって生きている人々がバカを見る社会になる!」と問題意識を持ち、この制度(法律)を変えるために、国会議員という立場を手段として選びました。

もちろん政治的な課題は、無数にあります。
しかし、それら全てに精通して、全てに関わることは不可能ではないかと思います。
「何でも知ってます。何でもやります」と訳知り顔でいても、結局何もできない政治家に、私たちは辟易しているのではないですか?

政治家を判断するとき、私はその人の過去に注目します。
言葉からは、なかなか「政治家になってからの姿」は判断できません。

中島さんは、政治家になる前から、在宅医療の現場で、この医療・介護・福祉をずっとやってきました。
そして、政治家になってからも、その専門分野を同様にやりつづけ、文字通り国会で活躍してきました。
また、その活動の幅は自ずと広がり、例えば拉致問題の特別委員会でも、そのまっすぐな姿勢を貫いています。
(722人中10人の国会議員に与えられた「三ツ星国会議員」の認定はその証です。)

こういう中島さんだから、たとえ政治家ではなくても、やることは変わらないでしょう。
この医療・介護・福祉の改革が政治の場で成し遂げられたら、当然、また北杜の医師に戻るでしょう。
「ぼくは政治家になんかなりたかったわけじゃない。できれば穏やかに地元で医者をやっていたかった。あくまでも手段として政治を選んだだけです」と言い切ります。
だからこそ、信頼できるんだと思います。そして、私もそうでありたい、と思っています。

政治と仕事と生活を別と考えない人です。

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https://katsuhito-nakajima.jp/

どうぞ、判断してください。


笹本 貴之
posted by 笹本貴之 at 01:02| 私の考えていること

2014年11月17日

私の決意文

いよいよ山梨にも選挙の季節が来るな、と思っていたら、いきなり国政から、嵐のように衆議院解散・選挙がやってきました。


私は4年前に山梨県議会銀選挙に立候補して次点だったわけですが、この機に以下の決意文を発表しました。

どうぞお時間のある時に、お読みください。


笹本 貴之




県議会議員選挙から3年間考えてきたこと。そして決断したこと。

※ダウンロードはこちらから sasamoto_report_201411_002-1_blog.pdf


拝啓 晩秋の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

大変ご無沙汰しております。笹本貴之です。私が次点に終わった20114月の山梨県議会議員選挙から、早いもので3年半以上が過ぎます。そしていよいよ、次期選挙まで半年を切りました。


30代最後の年に立候補した前回選挙は、私にとって人生前半の総括でした。ワインツーリズムその他の社会活動を通して山梨の活性化のための課題を深く考え、「山梨の自立」を理念に立候補しました。仲間と共に独自に政策集を作成し、「学びの場」を100回以上設けて、地域の資源を活用した「地域ビジネス」による活性化を訴えました。そして敗れました。

この敗北は、私にとって本当に大きな出来事でした。それは、人生前半を根本的に振り返り、後半をどのように生きるべきか、人生をやり直す覚悟でじっくり考え、結論を出す機会を否応なく得た、ということです。そして私は、来年の次期県議会議員選挙には立候補しないことにしました。みなさんに相談もせず、身勝手な決断をお許しいただきたいと思います。


私は人生前半を振り返り、一言で「依存の人生」だったと反省しています。「山梨の自立」を理念と言いながら、私が二代目社長を務めた家業(自動車鈑金塗装工場)に、当の私自身は経済的に頼り切っていたのが根本的に間違いだったという認識です。当然、その状態から脱出しようと自動車関連事業や旅行事業でいくつか起業はしたものの、いま思うと私の覚悟が足りず、途中で経済的に自立することを断念して、そのはけ口を選挙に求め、政治家になって食って行こうとしたのです。

そして選挙の敗因は、「地域に確たる本業を持っていない私には、地域の課題解決は示せなかった」ことだと思っています。いくら「自立」という理念を掲げても、有権者に対して明らかに説得力が欠けていると、選挙活動をしながら感じていました。「あんたの『自立』の意味は分かった。ワインツーリズムの話も面白い。じゃあ、うちは特産品にも関係ない町工場だけど、どうすればいいんだろう」と言われたとき、何も具体的な話ができませんでした。それは私自身に、自分の理念を仕事(ビジネス)にまで落とし込んだ経験がなかったからです。ワインツーリズムは理想的な地域活性化策で、ワイン産地としての価値を広く県民の日常に還元するための運動と位置づけていました。しかし、その話を聞く多くの有権者にとって、ワインツーリズムはボランティアや手弁当の話であり、日常性を伴わない「イベント事」だったのだと思います。有権者のほとんどは、日常の仕事にこそ課題があるのですから当然です。

結局私は、家業にも起業にも本当の意味では本気になれず、選挙のための腰掛でしかなかったようです。いまこうして振り返ってみると、政治家になることが手段ではなく、目的化していたのです。最も嫌悪していたことに、私自身が陥っていたのだと気づきます。


ただ、決して「政治を諦めた」という訳ではありません。いまの私には、「立候補する理由がない」というだけです。私は政治と日常生活とを分けて考えていません。政治=選挙とも考えていません。例えば、会社で新商品の販路拡大のために社員と役割分担を決めたり、取引先と条件を交渉したりするとき。例えば、子どもの進路を考えて、家族で取り決めをするとき。例えば、自治会で防災の細かなルールを決めるとき。つまり、何か課題があって、それに対処するために集団の意思決定をするとき、私たちは無意識に生活の中で政治を行っているのです。だから政治家だけが特別に政治をするわけではなく、どうしても「政治家(議員や首長)」という立場をとらなければ達成できない目的を持った場合だけ、人は立候補すべきだと思っています。そしてその目的、つまり理念や政策は、その人のそれまでの経験や生き方から出てくるものでしょう。いまの私には、議会や行政で成し遂げるべき目的が、心から湧き上がっては来ないのです。


選挙後に家業を辞めて金銭的にも精神的にも関わりを断ち、妻と二人で「笹本環境オフィス株式会社」を立ち上げました。もう一度、中小企業の経営をやり直すつもりで、「山梨県中小企業家同友会」にも入会しました。同友会で勉強しながら、会社の経営指針を作成して、その指針に基づいて地域に必要とされる中小企業経営をめざしています。実はこのようなことは、家業では本気に取り組んでこなかったことでした。

2年前(2012年)の2月、その同友会の全国研修会で福島県に行きました。震災後の福島の復興について、津波で流された自動車整備工場の社長の言葉が私にとって決定的でした。

「震災直後、全国からたくさんの人が来て、炊き出ししたり、物資を運んだりして、助けてくれました。しかし、これで福島が復興するわけではありません。やはり、ここで我々中小企業家が、いちどダメになった会社を建て直して、もう一度雇用を生んで、そして税金を納めることこそが、福島の復興につながるのです。われら断じて滅びず。」


私は前回の選挙でも、それ以前にも「地域の資源を活用して山梨を活性化する」とずっと言ってきました。そして特にワイン産地の魅力や山梨独自の食を活用して、本業以外に時間を費やしてボランティア活動をしてきました。しかし、上記の福島の経営者の話を聞いたり、他の中小企業の経営者と現状の自分を比較したりして、どうやら私は大きな思い違いをしてきたのでは、と考えるようになりました。

そもそも「地域資源」とは何か? そもそも「地域活性化」とは何なのか?

そして、いま思います。地域が活性化するとは、結局は「地域の一社一社の中小企業が事業を維持・発展させること」。特別ではない普通の企業でも、地域における自社の存在意義を明確に意識して(経営理念を実践して)、着実に経営している中小企業はたくさんあります。東北の例は、そうした地元の中小企業の成果でしか最終的な復興はないと語っています。つまり「地域資源」はワインや富士山のような特別なモノばかりではなく、地域の中小企業そのものだと気がつきました。


選挙後につくった「笹本環境オフィス株式会社」は、まる3年が経過して何とか黒字経営になりました。これは、私を支えてくれた方々のおかげです。これからも、何よりも私自身と会社の自立を前提に、その本業を通して見えてくる森林資源、環境、エネルギー、中央と地方の関係、大手と中小の関係、官と民の関係など、さまざまな山梨の課題を考えてゆきたいと思っています。本業を通して「山梨の自立」をめざすことにしたのです。全企業の99%以上が中小企業であるこの山梨において、地域経済を支える中小企業のモデル、つまり自ら「地域資源」になって、地方のあり方を示したいと思っています。その先に、もし議会や行政で成し遂げるべき目的が湧き上がってくるのであれば、そのときに考えたいと思います。私は長期戦を覚悟しています。

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この3年間、以上のように考え、行動してきて、上記の決断に至りました。選挙の方法論や戦術論に終始することなく、私の人生を本質的に反省し直した結果です。


最後に、これからも不定期ですが、生活をしながら、仕事をしながら、新聞を読みながら、

私の思うところを発言していこうと思っています。宜しければ、ときどきこのブログを覗いてみてください。

それでは、どうぞ今後とも宜しくお願いします。皆さまのご多幸を心よりお祈りします。

敬具


2014年11月吉日

笹本 貴之

posted by 笹本貴之 at 01:08| 私の考えていること